塩野:ところで、もともと佐藤さんは法学者として、研究、講師などをされていましたが、どういうきっかけで政策の意思決定のほうに進もうと思ったんですか。
佐藤:2つ理由があります。
ひとつは私が東京大学で働くきっかけになった、経済産業省を退官された後に東京大学の教授として働かれた林良造先生との出会いです。林先生は実務家なので、学者とは発想が全然違います。一緒に働いていても、いつも政策のことが頭にある方でした。
塩野:林良造先生は元通産省の高官で、USTR(米国合衆国通商代表部)との交渉をなさった方ですよね。
佐藤:ジェトロ(日本貿易振興機構)の「交渉人」だったはずです。
「変わらないもの」が「変えられるもの」に
佐藤:もうひとつは、時系列的には逆になりますが、米国のロースクールに留学したことです。そこでも実務家の方とたくさんお目にかかりました。私は彼らの影響で、「何か社会で悪いことがあるんだったら、法をうまく使ってそれを変えられないだろうか」と切実に考えるようになった。日本にいた頃は、「変わらないものだ」とか、「しょうがないんだ」と思っていたけれど、米国にいると、「なんで変えちゃダメなんだろう?」「変えるのは大変かもしれないけど、変える努力ぐらいはできないんだろうか」と考えるようになります。
そういう考え方を1年間叩き込まれた影響がすごくあると思います。この2つが、今私が政策寄りの法学をやっている理由です。
塩野:日本では立法によって社会を変えていこうという学者の方は、あまりいませんか。
佐藤:いませんね。
塩野:解釈論が多い?
佐藤:その通りです。というのは、解釈で対応できるのに、なぜ立法するのか。立法というのは逃げの口実でしかないんだと言われます。
塩野:ああ、学者にとって立法は逆に逃げですか。
佐藤:逃げなんだと、日本ではずっと言われています。だから、立法学をやる人というのは法学者の中では邪道だという発想がすごく強い。私はもともと米国の法律が専門で、米国では、「最高裁まで行ってダメならもう1回立法してみよう」みたいな話にすぐになるんです。「裁判所が議会の議員たちと違う解釈をしているのなら、法律にもっとはっきり書いてあげよう」となる。Aと読んでくれないのだったら、Aなんだ、とはっきり書いてやるということですね。さすがに裁判所もそこまではっきり書かれたら、それはAだと解釈するしかない。それが米国だと思うんですよね。日本とは法に対する考え方が違うんです。
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