「ブロックチェーンで世界一」という巨大野望 急拡大するビットコインの今とこれから

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今回はビットフライヤー社の加納裕三氏(右)との対談です
通貨は国家が発行する、という概念を飛び越えた「ビットコイン」。新しい金融テクノロジーを代表する言葉として、一般にも広まりつつある。ただ、ビットコインの消失事件や詐欺など、アングラマネーとの結びつきを懸念する声もある。そんな中、日本における「ビットコイン」マーケットの健全化と一般化を目指す論客として、さまざまなメディアに登場するビットフライヤー社の加納裕三社長に、業界の明日について伺った。

 

塩野:最初にキャリアのことを伺います。大学卒業後、なぜ金融に進んだのでしょう。工学系ですから一般的ではないですよね?

加納:自動車会社も受けていました。先輩から、「外資金融にはすごい人たちが大勢いるから受けろ」と言われたのがきっかけですね。

塩野:なるほど、最初から外資系金融志望ではなかったのですね。

自動車メーカーでエンジンを作りたいと思っていた

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加納:メーカーでエンジンを作りたいと思っていましたが、世界でチャレンジしたい気持ちも強かった。外資系金融(ゴールドマン・サックス証券)に進んだのが2001年です。面接は1999年、まさにドットコムバブルのピークで、その後崩壊して、2001年に9・11(アメリカ同時多発テロ)があって、2002年からの市場環境は最悪でした。

塩野:ゴールドマン・サックス証券では何をやっていたんですか。

加納:テクノロジー部門で、基幹業務システムの自社開発部門にいました。その仕事を3年ほどやって、トレーダーに転職を決意しました。

塩野:なぜIT部門からからトレーダーに?

加納:やっぱり投資銀行はトレーダーが花形であり、業務を知るうちにやってみたいなと思いました。

塩野:ゴールドマン・サックス社内ではほかのチームに働きかけなかったんですか。

加納:当時ストラテジストならポジションが空いていると言われましたが、トレーダーへの気持ちが強くて、運良くBNPパリバ証券からオファーをいただいたので3年ちょっとで退職しました。最初は自己勘定部門、自社のおカネを現物株式や先物で運用していました。コンピュータ・アルゴリズムで儲けるのは、大学時代の勉強と共通するものがあったと思います。

塩野:自己でポジションとってアルゴリズム取引をしていた、ヘッジファンドみたいな感じですね。相当な金額を動かしていたんじゃないですか。

加納:そうですね。外資系の良い所は若いうちに大きな責任を任せていただけることだと思います。夢のトレーダーでしたし、楽しかったです。

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