働かないオジサンは「身銭」を切らない おカネの価値を「体得」せよ

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また、丸抱えの出張時と、自分でおカネを出す旅行では、車窓の景色も異なって見える。身銭を切ったものでないと、自分の身にならない。タダで学ぶことはできないのである。

ある編集者は、後輩に「書籍代は会社の経費でも落とせるが、自腹で買ったほうがいいよ」と勧めているという。自分のおカネで買わないと、書籍を購入してくれる顧客の気持ちになれないからだというのだ。

何でもかんでも、会社の経費を使おうとする管理職もいる。少しはおカネが貯まるにしても、自分の能力を磨く機会を失っていないか、点検したほうがいいだろう。

会社生活から何かを学ぼうとすれば、身銭を切ることだ。そうすれば何でも勉強になる。また、会社の経費か自己負担すべき経費かがはっきりしないときに、身銭を切れば周囲の信頼を得ることができる。会社員が忘れがちな大切な点である。

おカネの価値は必ずしも均一ではない

身銭を切るというのは、支出の話であるが、収入についても考慮に入れておいたほうがいいだろう。

私が最初の著作を出して、「たとえおカネが稼げなくても、自分の力を引き上げていきたい……」と話すと、私淑していたH先輩は「そんな言い方をしないで、ビジネスと位置づけたほうがグレードアップできる。おカネにもこだわることだ」と忠告してくれた。

H先輩の話を聞いて、執筆でメシを食っている人にできるだけ会い始めた。それまでは、自分の取り組みは、おカネとは別次元のことと考えていた。私が目指しているものは、読者の共感や支持であるが、他者による評価の最もわかりやすい尺度のひとつが、おカネなのである。

作家の村上龍氏は「趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない」と述べている。

もちろん、サラリーマンがいきなり収入のことを考えるのは難しい。しかし、何かのモノゴトに取り組むときに、他人の評価をおカネに換算する感度は持っていたほうがいいと思うのである。そのおカネの額が、生活の足しにさえならなくても、一向にかまわない。大切なことはおカネの価値をうまく使うことだ。

ここ数年、原稿を書いていただくおカネは、私にとっては会社からもらう給与の5倍以上の価値があるというのが実感だ。たとえば、5000円の原稿料は、3万円の給与に相当する感じなのだ。会社という仕組みからもらうおカネと、自分で原稿を書いてもらうおカネは、レートが違う。おカネの価値は必ずしも均一ではないのだ。会社の枠組みから離れれば離れるほど、おカネはエネルギーだということがよりはっきりしてくる。

Aさんのように、自分の収入と支出について、立ち止まって考えてみてもいいのではないだろうか。 

楠木 新 人事コンサルタント

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くすのき あらた / Arata Kusunoki

1954年神戸市生まれ。1979年京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長等を経験。47歳のときにうつ状態になり休職と復職を繰り返したことを契機に、50歳から勤務と並行して「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。2015年に定年退職した後も精力的に活動を続けている。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務めた。現在、楠木ライフ&キャリア研究所代表。著書に、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『定年後』『定年準備』『転身力』(共に中公新書)など多数。

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