学習障害だった彼女が26歳以降に得た人間の底力 「脳は生涯変化する」身をもって証明してみせた

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たとえば彼女の書く文字や数字は、鏡に映したように反対向きになってしまった。6が9になったり、bがdになったり。書く方向も左から右ではなく、右から左だった。そんな子だったから小学校では、「自信不足」「質問に答えることに消極的」「読解力にも問題があるとの評価を受けることになった。

悲しいことに、どんなに頑張っても文字は反転してしまい、右から左に書いてしまうこともしばしばだった。失敗による無力さを感じた。不安とストレスで手のひらは汗まみれになる。その汗でインクの文字が滲むと、教師はこれを自分への反抗と捉え、さらに激昂した。子どもは文字を書くこと自体に怖れを抱くようになった。(26ページより)

「わかる」がわからない

学年が上がるごとに困難の度合いは増していき、先生からの評価も辛辣なものになっていった。「算数の問題を解く能力が極端に弱い。書くことは全体的に非常に遅く、不注意でだらしない。作文にはもっと注意深さが必要」。

親たちも、1人娘がほかの兄弟たちと違っていることに気づいていた。「この子はどこかバランスを欠いている。簡単なことができなかったり、わかって当然のことがわかっていなかったりする」と。

8年生(中学2年生)の時点で算数問題は解けるようになっていたが、答えを出すまでには多くの時間が必要だった。高校に入学するころには、概念的なものをうまく理解できないことが、彼女のなかでさらに明確化していった。推論したり、論理的に考えたりすることがまったくできなかったのだ。

新聞記事やテレビのニュースがわかる。この場合の「わかる」とは、その場で遅延なしに理解できるということだ。彼女には奇跡に近いくらい想定しがたいことだった。1つの記事を読んで、まず考えるのは「この人はいったい何が言いたいのだろう?」ということだった。5回、10回と読み返しても、完全に理解することはできなかった。(33ページより)
普通の会話では、天気以外の話は複雑すぎてついていけなかった。誰かが何かを言うと、その意味を理解するのに時間がかかり、いつもみんなから5歩くらい遅れて歩いているような感じだった。記憶力はよかったので、聞いた会話を頭のなかで何度でも再生することができ、そのうちようやく「こういうことかな?」とおぼろげに見当がついてくる。よし、自分も何か言って会話に加わろうと思ったときには、すでに話は先にいっていたり、とっくに終わっていたりした。(33ページより)
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