マンガ動画の制作を統括した、同校の森川浩孝先生(55・美術系専攻主任)は、「(長谷川さんは)とてもやさしい雰囲気の方で、生徒たちにも『君たちの思うように作ってください』と、おおらかに話してくださいました」と話す。
この出会いは、高校生と長谷川さんそれぞれに新たな力をもたらしている。
本人と高校生に起きた「生きる力」の化学変化
長谷川さんの妻の声を担当した遠田さんは今、専門学校に通いながら声優を目指している。歯切れよく話し、学級委員タイプにも見える彼女だが、中学時代には教室の人間関係になじめず、別室登校をしていた時期がある。
当時は自分の気持ちを尊重し、やさしく接してくれる先生たちに支えられた。
関西文化芸術高校では、自分と似た経験を持つ同級生にも助けられたとも明かしてくれた。
「長谷川さんが周りに支えられて、自分らしく人生を進まれている姿を見て、私も見習いたいと思いました。もし私と同じ境遇の人がいたら、私が声優になるという夢をかなえて元気づけてあげたい。その気持ちがより強くなりました」
3年生在学中の田中さんはマンガを描くことに手応えを感じ、イラストレーターになる夢を膨らませている。
同校では、卒業生に先生たちから贈る言葉を冊子にまとめて贈呈している。冊子の表裏に39人の先生たちのイラストを描く作業に、田中さんは自ら手を挙げた。約1週間で各自の特長を愛らしく捉えて仕上げてみせた。
そして余命10カ月の告知を当初受けた、長谷川さんは闘病11年目を迎えている。主治医の意見をその都度聞きながらも、自分で選択して8つの抗がん剤を試し、放射線治療や、がんがある右肺の摘出手術も受けた。
「2015年に腹部へ転移を経験し、背骨近くのリンパ節にもがんが肥大化したので、背骨を保護するためのコルセットもつけています。自分で考えて最善の治療選択を重ねてきた結果に、何の後悔もありません」
主導権を握り直した彼はきっぱりと言い切った。高校生たちの動画に、より能動的で、優れたがん授業の可能性を発見した彼は、「がんマンガ甲子園大会」という新たな夢も描いている。今回のように、高校生たちが周りのがんの当事者に話を聞いてマンガ動画にまとめ、その出来栄えを競う大会だ。
長谷川さんは高校生たちの真摯な眼差しや、真面目な質問に触れるたびに、むしろ自分のほうが励まされている気がしたとも明かす。
「ある意味、自分の子どもが生まれたときの感覚に近いのかもしれません。17、18歳の彼ら彼女らにとって、僕もつねに恥ずかしくない存在でいなくちゃいけない、そんな気持ちにさせられます。僕と高校生の間に起きた化学変化の印です」
長谷川一男さんはZoom越しながら晴れやかな表情で結んだ。
(監修 押川勝太郎・腫瘍内科医師)
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