たとえば、田中さんが挙げた場面の直前。今晩は病室にいてほしいと懇願する長谷川さんに、両方の目元に涙をためた妻が、「うん、ここにいるよ、一男くん」と伝えながら、長谷川さんの手を両手で包み込む場面がある。
「咳き込むご主人を前に奥さんも苦しかったはずなんですけど、マンガではほほ笑まれているんですよ。それは目の前のご主人や、自宅で待つ2人のお子さんを自分が支えていくぞという、強い覚悟の表れでもあるんじゃないかって……」
彼女はそのセリフを切なげだが、凛々しさをも感じさせる声で演じている。
家族でも同級生でもないがん当事者たちの揺れ動く思いを、高校生なりに想像をめぐらせること。作画担当や声優としてそれを表現すること。時間の長短にかかわらず、2人には貴重な体験だったことがわかる。
従来のがん授業とは一線を画す新たな可能性
長谷川さんが、これまでに小中高校で担当したがん授業は10回程度。がん闘病の軌跡を話す一般的な授業だ。自分のがん体験が子どもたちの役に立ち、生きる力につながっていくという実感は、それまでもあったという。
今回の動画は、長谷川さんの闘病をプロの書き手が取材して書き上げたマンガ原案がまずあり、それを動画にしてくれる人を探している中で、関西文化芸術高校とのつながりが生まれた。高校生たちと向き合った感想はどうだったのか。
「自分の高校時代と比べても、ずいぶん大人だなぁと思いました。自分の意見をしっかりと持っていて、ものすごくしっかりしているなぁと」(長谷川さん)
完成動画も彼の想像を超えていた。個々の画質は高く、高校生たち自身が先に語ったとおり、悲しみや喜びなどの相反する感情が、長谷川さんや妻の表情や声などにきちんと表現されていて驚かされたという。
「今回のマンガ動画は、自分のために、家族のためにと七転八倒していた発症当初の話が中心で、『自分はいったい、何のために生きているんだろう?』と、わからなくなったりもした時期でした。高校生たちがこれから何らかの困難に直面したときに、僕の話を少しでも思い出してくれたら、もう、それ以上の幸せはないですね」
同校の大橋智校長(40)は長谷川さんと接する中で、一見淡々としながらもその強い意志を感じたという。
「がんは必ずしもすぐに死ぬ病気ではない。それを伝えようとする強い思いに感銘を受けました。当事者や家族の思いを含めて自分が何を、どう広めていくべきなのかを明確にされているな、と」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら