30代でがんになった母が体験した想定外の事態 子どもへの告知、副作用、職場それぞれの難問

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夫の隆弘さんにとっていちばん衝撃的だったのは、術後の抗がん剤治療初日の光景だ。希少がんであるために十二指腸用の抗がん剤がない。そのため胃がんや大腸がん用のものを転用されて投与された。

「その直後から妻が顔を真っ赤にして苦しみ始めたので、もう慌ててナースコールを押して中止してもらったんです。いったい、何が起こったのかとぼくも気が動転しました。心底ゾッとしましたね」

(人によっては抗がん剤へのアレルギー反応が出ることもある。だが、他の薬でも同じ反応が出ることはある)

「家族は『第2の患者』」を乗りこえた団結力

軽めの胃がん用抗がん剤に切り替えて、靖子さんも落ちついた。家族の誰かががんになると、ほかの家族も「第2の患者」になりやすい。本人と同じように心のケアや支えを必要とするという意味だ。

隆弘さんも「精神的にはそうでしたね」と認める。妻が抗がん剤に苦しんだり、弱り果てたりした姿は堪えたらしい。

家族に不安がある場合、主治医や看護師に相談できる。また、全国のがん診療連携拠点病院などにある、がん相談支援センターも対応している。通院者でなくても無料で相談できるという。

隆弘さんはそれまで国内外の出張が多く、妻には子育ても含めて、いろいろと心労をかけてしまった、と反省を口にした。

「上司に掛け合い、まず出張を減らしてもらいました。フレックスタイム制なので早めに出社し、退社時刻を繰り上げ、妻の入院先にも毎日通いました」

退院後、靖子さんが自宅で気を失って倒れたことがあった。その場にいた長女から海外出張中の隆弘さんに連絡が入り、まず救急車を呼べと伝えた。

「長女は外出中の長男に妻の搬送先を伝え、長男は出先からその病院に直行して、妻の病気と治療歴を説明してくれました。次女も搬送後の経緯を僕に知らせてくれるなど、それぞれの対応がとても頼もしかったですね」

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隆弘さん自身、小学生の頃から母親が高血圧に苦しんで寝込んでいることが多く、代わりに買い物に行くなどしてきた経験をもつ。

「学生時代は、母の通院を車で送迎していましたから、昔も今も同じようなことをやっているなぁと思ったりしました。今でも妻が『なんか脚がむくむわぁ』と遠回しに言うので、その度に黙ってマッサージをしています」

隆弘さんがZoom上で伏し目がちに話すと、背後から「もともと、優しい人なのでぇ」とよく通る声だけが響いた。

荒川 龍 ルポライター

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あらかわ りゅう / Ryu Arakawa

1963年、大阪府生まれ。『PRESIDENT Online』『潮』『AERA』などで執筆中。著書『レンタルお姉さん』(東洋経済新報社)は2007年にNHKドラマ『スロースタート』の原案となった。ほかの著書に『自分を生きる働き方』(学芸出版社刊)『抱きしめて看取る理由』(ワニブックスPLUS新書)などがある。

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