30代でがんになった母が体験した想定外の事態 子どもへの告知、副作用、職場それぞれの難問

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一方、直属の上司には休職前にがんだと伝えていた。復帰後に悩まされることになったケモブレインの症状についても、担当医に確認後に伝えていた。

上司は職場で彼女の病名について話すことはなかったが、靖子さん自身は、同僚から聞かれる度に病名は伝えていたので、職場にはすぐに知られた。

「すると同僚数人からは、『私もがん経験者だけど誰にも話していない』と、打ち明けられました。がんを隠す理由は、高学歴でプライドが高い人が多い職場なので、病気を理由に昇進の道を絶たれるのは嫌だからじゃないですか。ほかの病気と比べて、がんは戦線離脱というイメージが強い気がします」

彼女の場合、休職期間中は病気休暇として傷病手当を支給された。復職後、1日休む場合は前日にデータ入力で申請でき、時間休は当日でも取れたので、体調が悪くなればそれで対応できたと振り返った。

「柔軟な働き方ができる環境なので、私のように10時間以上かかる大手術でもなければ、がんを隠して働き続けられるかもしれません」(靖子さん)

当事者が相談しやすい職場づくりが必要

一方、民間企業となると、そうもいかない。専門家と連携し、がんになった人と企業をつないで継続就労を支援する一般社団法人「がんと働く応援団」の吉田ゆり代表理事は、直属の上司と人事部とがん当事者の三者間での情報共有ができていないと、復職した当事者が疎外感に苦しむことが多いと話す。

術後、家族での海外旅行時の写真。消化機能が戻らず楽しめなかった料理の写真を撮りためたという(写真:田神さん提供)

「ケモブレインの症状が出ると、自己肯定感を持ちづらいんです。休職による業務上の空白もあり、放置されると疎外感が大きくなりやすい。周囲が、『困ったことがあれば、何でも言ってね』などと声がけをして、当事者が『こんな私でもいていいんだ』と思える職場づくりが必要です」

がんに限らず、育児や介護などでも、仕事との両立を支援する制度が社内にあるにもかかわらず、職場に迷惑をかけるからと上司にも相談せずに退職する人も毎年一定数いる、とも吉田さんは指摘する。

「がんや妊娠、介護は多くの人が経験するライフイベント。ですから職場に『迷惑をかける』という発想を捨てるべきです。体調不良や家庭事情を1人で悩まず、社員が自発的に上司や人事部と情報共有する姿勢も求められます」

靖子さんは抗がん剤をやめると、一連の症状が出なくなっていったのは幸いだった。もしも症状が長く続いていたら、直属の上司や人事部との情報共有がうまくいかないままでは、心身ともに追い詰められたかもしれない。

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