「これはリベンジなんです」――ボクの目を見て、南川弘行さんが言った。南川さんは、オハラの特殊品事業部特殊品ビジネスユニット特殊品営業課長だ。
何が特殊かというと、ガラスそのものが特殊なのである。ガラスは本来、伸び縮みする素材だ。熱くなれば伸び、冷たくなれば縮む。しかしそれでは、天 体観測には使えない。なにしろ、すばる望遠鏡の主鏡でも誤差は12ナノメートルしかない。仮に主鏡を関東平野の大きさに拡大したとしても、表面のでこぼこ は、わずか新聞紙一枚分の厚さに相当する程度なのだ。どんな望遠鏡も外気にむき出しで使われる。観測室にガラス窓はない。そのため、昼夜の気温変化に対し ては非常に厳しいスペックが要求されるのだ。
とにかくスゴいガラス
開発したガラスでは、温度が1℃上がっても、1万メートルの厚みのガラスが0.2ミリ伸びるか、伸びないか。窓などに使われるの板ガラスは同じ条件 で90センチほど伸びるというのだから、桁違いである。この伸びなさ具合は、ほぼ0度から50度までの間、保たれる。スゴいガラスである。
しかし、あまりに伸びないので、その事実を測定し、証明するのも一苦労だ。オハラでは、伸びないガラスを作りながら、低い膨張率の測定技術も培ってきた。製造技術と測定技術は、常に手を携えて研鑽されていく。
なぜ、測るのも難しいほど膨張しないガラスが作れたのか。それは、発想の転換があったからだ。ガラスはどうしても熱くなると伸びる。では、その中 に、熱くなると縮む透明な素材を入れれば伸縮は相殺されるのではないか。その答えが、ゼロ膨張ガラスなのだ。ゼロ膨張ガラスの製造工程とはどのようなもの なのか。
正反対の性質のものを混ぜるのだから、製造工程には幾多もの工夫が必要だ。材料の混ぜ具合にも気を使う。ガラスの製造は、10種類以上の金属の酸化 物を何トンも混ぜるところから始まるのだが、その調合はミリグラム単位で行われる。フランス洋菓子も裸足で逃げ出すきめ細やかさだ。
窯は、鉄製の階段を上がったところに据え付けられている。そこへ、さらに上から原料が投入される。熱による対流と巨大なマドラーのような攪拌棒とで 混ぜ合わせされ、最後には窯の底から、熱々のガラスが流れ、それからゆっくりゆっくり冷まされる。原料投入から完成までには、3~4カ月かかる。
足元にその完成品が置かれている。ベッコウ飴のようでもありゼラチン菓子のようでもあるアンバー色を帯びている。このガラスは反射鏡の基材に使われ るのだから、透明である必要はないのだ。実は主鏡そのものは女性の化粧ポーチに入っている鏡と同じ原理でつくられている。つるつるしたガラスの表面にアル ミニウムなどの金属をメッキしているだけなのだ。この作り方は天体望遠鏡でも同じだ。
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