せっかくなので、ほかの特殊ガラスも見せてもらう。氷のように透明なガラスである。ガラスは普通透明じゃないかと言われそうだが、普通のガラスは厚くなると、含んでいる鉄のせいで緑色を帯びる。氷のように透明なガラスには、それがないのだ。
そのガラスで作られたベンチが置かれている。ガラスなのだから座っても大丈夫だと頭では分かっているものの、見た目は氷なのでおしりが冷たく濡れるのではないかという恐怖心を抑えきれない。意を決して座ってみたら、大丈夫だった。当たり前ですが。
このガラスは、パーティ会場に置かれる氷の彫刻の代替品や、芸術作品にも重宝されているという。ガラスの世界はまことに奥深い。
ところで南川さんはリベンジと言っていた。あれはどういうことなのか。
実はオハラは、すばる望遠鏡では苦汁をなめている。あの8.2メートルの主鏡に使われたガラスは、コーニング製なのだ。ついでに言うと、岡山にある 国内最大の望遠鏡の主鏡もコーニング製。日本の特殊ガラスを牽引するオハラとしては、世界一の記録を塗り替えるTMTの主鏡には、自社のガラスが採用され なくてはならないのだ。
現在のところ、492枚プラス予備82枚の計574枚中60枚はオハラが落札しており、すでに2枚は表面加工をする企業へと渡っている。
「全部、うちでやりたいですね」
入札はこれからだが、ほかにできる会社がないならオハラで決まりのはずだ。それも、この相模原に、オハラは中国にも工場を持っているが、特殊ガラス 中の特殊ガラスである無膨張ガラスは、やはりここでしか作れないという。齋藤弘和社長はこのプロジェクトのため、新しい大きな窯をこの敷地内に用意すると 言っている。
そう、窯なのである。土や砂を高温で処理してガラスやセメント、瓦などを作る業種は窯業と呼ばれる。混ぜて焼くビジネスだが、混ぜ方にも焼き方にも 冷まし方にも測り方にも精密さが求められるこの種の窯業は、クラシカルな窯業と区別するために、土木もいつのまにか精密土木になっていたように、精密窯業 と呼んでもいいのではないか。精密窯業の支えがあるから、TMTが実現するのである。望遠鏡の竣工は今年で、完成は2021年の予定だ。
ついつい長居してしまったオハラの敷地を出る。もはやこの町はアウェイとは感じられない。大きな物を精密につくる、ボクの心のふるさとだ。来るとき はまるで存在に気付いていなかったガラスたちに視線を送っては、あれの膨張率はいかほどか、あれはどれだけ透明かなどと想像してしまう。この気持ち、どこ かで味わったことがある。
そうだ、任侠映画だ。見終わって映画館を出ると、なぜか目を剥き肩を怒らせ風を切り、口を開くと隙あらば「~じゃけん」と発してしまう、あの現象だ。影響を受けやすいって楽しい。しばらくは、ガラスウォッチが続きそうである。
(構成:片瀬京子 撮影:大澤誠 尾形文繁)
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