――弱点とおっしゃいますが、それこそが瀬々監督の作風でもあるなと思いました。犯罪者はモンスターではないですが、それでも犯罪者にも悩みがあるという部分などは納得する部分があります。
作風というよりはスタンスですね。だからそういうスタンスで描けるとなったらオファーを受けようと思っています。そもそも勧善懲悪ものはあまり好きではないですから。
――瀬々監督は常々、映画の大小や、商業作品かインディーズ作品であるかなどは関係ないとおっしゃっていますが。
それは今でもそう思っています。やはり物を作るということは自由でないといけないし、いろんな選択肢、自由の幅があったほうがいいわけです。
本来、俳優部やスタッフだってみんな自由であってほしいところなんですが、なかなかそうもいかない。ものを作るには取り決めとかいろいろありますから。
ただ、そうした取り決めの中でも、自由にやっていきたいということが基本にある。既成のものを壊したいとい気持ちや衝動があって、それが出来るのであれば、ジャンルを問わずに試したい。選択肢の幅が広い方が自由度も広がるわけですし、自主映画だろうが商業映画だろうが、関係ないと思っています。
映画はスポーツ観戦に近い
――そんな瀬々監督にあえて伺いますが、監督にとっての映画ってなんですか。
何でしょうね……。でもそれはもうなんかスポーツ観戦と近い感じがするんですね。やはり映画館という共通の“場所”で、みんなが同じ方向を見て、そのフィクションを楽しむ場所だと思います。
そこで血湧き肉躍らせて、共通の体験を持って帰るという。そうした映画館体験が非常に重要な気がします。そうするとその“場所性”みたいなものが非常に大きい。みんなと一緒に観るということが非常に重要な気がします。
――それが映画というものであると。
それから自分にとっての映画というのはやはり「仕事」ということになります。
仕事って人生活動的な意味があるじゃないですか。お金を稼ぐというよりは、この仕事を通して人と知り合ったり、新しい世界を知ったりしている。そういう意味では、僕らも映画を作らなければ人と知り合うこともないだろうし、新しい世界を見ることもない。それこそが自分にとっての「仕事」という意味になるわけです。
(文中一部敬称略)
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