すわ、盗人(ぬすっと)か!? はたと我に返り、声にしていなかったことに安堵する。あぶねえ、あぶねえ。仕事着を着た男たちが、目の前を横切っただけなのに、あわてちまった。
ボクは本の影響を受けやすい。いま読んでいるのは、何十年も昔に読んでいた『鬼平犯科帳』だ。アマゾンのキンドルは文字を簡単に拡大できるため、老眼にはたいそう都合よく、一時は遠ざかっていた文庫本を読み直すようになったのだ。
調べ物にやってきたのは筑波
このところの鬼平の貪り読みで、日頃の言葉遣いもすっかり江戸風になったようだし、文体もすっかり池波正太郎なりになっちまったようだ。そろそろ冷え込む季節だ。「五鉄」で軍鶏鍋かと決めこんでいたところ、版元の東洋経済から調べ物に行けとせっつかれ、おっとり刀でつくばの加速器処とやらに向かったのだ。
着いてみると、新たなからくりを作っているらしく、さまざまに普請中のようだ。門で今風の作務衣を身につけた大工などがいたのだが、盗人ではあるまいかと隠れて見張ってみたのだが……。
いや失敬。吹くでないない筑波おろしよ。冷たさにうつむきたくなるではないか。
どんな人にも、名前は知っているし、その意味することはわかるがしかし、実態がよくわからないという存在があるだろう。ボクにとってその代表は加速器だ。粒子を加速してぶつけているというのだが、どうやって加速しているのかがわからない。
この目で見ればわかるかもしれない。一縷の望みを胸に、今日はここまでやってきた。こことはすなわち加速器処、高エネルギー加速器研究機構、通称KEKのつくばキャンパスだ。
地下にはSuperKEKB
KEKとはKou Enerugii kasokuki Kenkyu kikoの略。「Kou」っていうところが、いいですね。Energyじゃなくて「Enerugii」というあたりも。
ここの地底には、外周が約3キロメートルにもおよぶ、ほぼ円形(厳密に言えば、角の丸い正方形)の加速器『SuperKEKB(スーパーケックビー)』が埋設されている。
晴れた空、色づいた木々、美しい芝生。どこかで見た風景と思ったら、ゴルフ場だ。敷地面積も約1.5平方キロと、ほぼゴルフ場のようなもの。風はいささかアゲインストだ。
身につけるように、とスタッフからガイガーカウンターを手渡された。早速、加速器の傍まで参ずるわけだが、車に乗っての移動だ。走り始めてすぐに、公道にあるような案内標識が目に入る。直進すると「放射光」、右折すると「トリスタン」に到達するらしい。
ここからは、池波正太郎の世界からSFの世界へとトリップする。
乗車4分。右折の後に到着したのは「FUJI」だった。SuperKEKBには辺の中央あたりに計4つの実験設備収容施設が付属しており、それらのうち南西、富士山が見える方角にあるのが「FUJI」なのだ。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら