次は、磁界を加えるのはなぜか。それは、電子と陽電子を正しい軌道で走らせるため、そして、電子と陽電子の塊がバラバラにならないよう、ぎゅっと小さく凝縮させるためだ。
電子の塊も陽電子の塊も、600億個の電子または陽電子でできている。地球の人口の10倍にもなる。これだけの人口を束ねようとすれば、相当なリーダーシップが必要になるだろうが、その役割を果たすのが磁力だ。
しかし、一度まとめただけでは、時間の経過に伴って緩んでしまう。衝突時にはインパクトが必要で、緩んでいてはならない。パンチをする際に相手に大きなダメージを与えたければ、拳をぐっと握らなくてはならないのと同じ。だから定期的に磁界を加えて600億個の引き締めを図る。
横20ミクロン、縦0.1ミクロンのバンチ
その拳の大きさはというと、KEKBでは、断面積が横110ミクロン、縦1ミクロンだった。
それがSuperKEKBでは、横20ミクロン、縦0.1ミクロンまで小さくなるという。小さなものがさらに小さくなり、断面積比で、55対1。ちなみに、このぎゅっと固まった拳のことを、バンチ(bunch)という。パンチ(punch)ではない。
電界を加える装置は1周3キロに100個近くある。一方、磁界を加える代表的存在は電磁石で、これは1周あたり約3000個備え付けてある。そして、電子や陽電子の通り道を真空に保つためのポンプもまた約3000個だ。
さらに、陽電子の走路だけに、気になるものがついている。コイルがいくつも巻き付けられている。このコイルは、もしかするとひとつひとつ手作業で設置するのだろうか。スエツグさんに聞いてみた。
「そうです。これはソレノイド電磁石といいます」
設置をする際の手間を考えると気が遠くなりそうですが、なんのために設置しているんですか?
「電子雲を除去するためです」
電子雲。これは、突き進む電子や陽電子の塊がカーブを描くときに発生する、シンクロトロン光が、パイプの壁にぶつかるときに発生する電子群のことだ。電子の塊は、電子雲ができてもあまり気にしない。どちらも電気的にマイナスなので、反発し合い、電子雲は遠ざかるからだ。
ところが、陽電子となると話が違う。マイナスの電子雲はプラスの陽電子にまとわりついて、ぐっと握った拳を緩めにかかる。これはイカン、ということで、なんとか電子雲をトラップしようと設置したのが、このソレノイド電磁石なのだ。電子雲は、ソレノイド電磁石が発する磁場にひきよせられ、トラップされる。
「電子雲対策としてはアンテチェンバーも導入しています」
KEKBでは、走路たるパイプの断面は丸かった。ところがSuperKEKBでは、陽電子の走路は、円の左右をつまんで引っ張ったような形にしている。その引っ張って伸ばした部分に、またまた電子雲をおびきよせようとしているのだ。
先輩たちは先見の明があった
性能を上げるため、走路にはあとからあとから付属物が加わっていく。それでも、回廊のスペースにはまだ余裕がある。
「この点は、トリスタンを設計した人に、先見の明があったんでしょうね」とスエツグさん。トリスタンではそもそも、電子と陽電子の走路が分かれておらず、今よりだいぶスリムだったようだ。かなり余裕を持って回廊は造られていたことになる。
そのトリスタンから数えて3代目となるSuperKEKBの稼働は、今のところ2015年に予定されている。
このあたりでスエツグさんとは別れることになった。
最後にお名前を確かめようとしたのだが、名刺を切らしているとのことだった。漢字だけでも、とお願いしたところ、財布の中から1枚の紙が。それは病院の診察券で、「末次祐介」というお名前を確認しました。いやはや末次教授、まことにありがとうございました。
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