紅白歌合戦、「男女が競う立て付け」の違和感 「その年を象徴する曲を決める」に再定義を

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「国民的ヒット曲」を特定しにくい時代の紅白歌合戦とは、どうあるべきなのか?(写真:enterFrame / PIXTA)
近年の「紅白」に対する“違和感”は、言うならば「国民的ヒット曲」が出ないことに起因するのではないか──。日本の音楽シーンを最前線でウォッチする筆者が、その構造的変化を踏まえ、あるべき「紅白」の形を提案する。

「音楽不況」というイメージ

本記事のテーマ「ヒット曲不在の時代の紅白歌合戦」はGALAC編集部から提案いただいたものだ。

『GALAC』2018年12月号の特集は「岐路に立つ紅白歌合戦」。本記事は同特集からの転載です(上の雑誌表紙画像をクリックするとブックウォーカーのページにジャンプします)

ヒット曲がなくなっている。かつて作詞家の阿久悠が言ったような「世に流れる曲」が減った。そういう体感を持つ人は多いだろう。

しかしそれは一体どういうことなのか。その内実はきちんと精査されて考えるべきだろう。「ヒット曲不在の時代」という言葉がもたらすイメージとその実情を、いくつかの位相に分けて解きほぐしていかなければならない。

まず1つ目は「音楽不況」というイメージだ。

ただ、これは近年になって少しずつ変化してきている。特に海外各国では、日本と同じようにインターネットとMP3(音声ファイルフォーマット)が普及した2000年代以降落ち込みを続けてきた音楽ソフト市場が、2015年以降にV字回復を果たしている。その理由はApple MusicやSpotifyなどのストリーミングサービスが普及しビジネスモデルとして成立するようになったこと。2000年代にスタートしたiTunes Storeなどのダウンロードサービスは落ち込み続けたCDの売り上げを補うことはできなかったが、定額制(サブスクリプション)のストリーミングサービスが広まることで音楽産業は息を吹き返しつつある。

CDのビジネスモデルが残っているがゆえにその動きに出遅れた日本でも、今年に入ってMr.Childrenや松任谷由実など大物アーティストがストリーミングサービスに音源を解禁し、普及フェーズに入りつつある。2000年代から2010年代を通じてライブエンターテインメント市場も拡大を続けてきた。日本ではまだまだ回復の途上だが、もはや「音楽不況」という言葉は実態にそぐわないものとなりつつあるのが現状だ。

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