社会に貢献している人ほど賃金が低い理不尽 無意味な「クソ仕事」ほど賃金が高い

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封建時代には、労働というものは貴族階級からの蔑みの対象でしかなかったが、社会契約説で有名なジョン・ロック(1632-1704年)のような過激な思想家達によって、労働者階級が担っている労働の苦しみは、それ自体が善であり、気高いものであるというように、発想の転換がもたらされたのである。

これを、マックス・ヴェーバー(1864-1920年)の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』的に言えば、働くことを通じて、自分は救われるべきものであるという神の恩寵を確信できるというプロテスタンティズムの倫理観の誕生が、労働そのものに意味があるという現代の労働観につながっているということである。

グレーバーの議論は、ここから先が少々陰謀論じみてくるのだが、こうした無駄な労働であっても意味があるという労働観は、経済的には意味がなくても政治的には意味があるのだと言う。つまり、彼に言わせれば、こうした考えは、富の大部分を手にした上位1%の支配階級にとっては好都合であり、人々が仕事に忙殺されていれば暴動は起こりにくいが、生産性が上がって労働者が自由時間を手にしてしまうのは、支配階級にとって非常に危険なことだと言うのである。

ケインズ自身は悲観的な見方をしている

こうしたグレーバーの見立てが正しいかどうかは別として、最後にもう一度、冒頭のケインズの説得論集に戻ってみると、人間の労働からの解放という点に関しては、ケインズ自身はかなり悲観的な見方をしている。なぜかと言うと、人類の誕生以来、生存のための闘争、即ち、経済問題は最も重要な課題であり続けてきたのであり、経済問題の解決という目的のために本能を進化させてきた人類が労働から解放されてしまったら、多くの人々は何もすることがない状態に堪え切れず、ノイローゼになってしまう恐れがあるからである。

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そして、この問題の解決策として、グレーバーは最低限所得保障であるベーシックインカムの導入を提唱している。なぜなら、これによって人々は働くことの強迫観念から逃れることができるからである。

プロテスタント的な労働観が、数百年の長きにわたって我々自身の中にしみ込んでしまっている以上、本当にベーシックインカムがこれを打ち破る道具になるのかは怪しいと思うが、今、日本でも盛んに議論されている働き方改革を考える上でも、我々がやっている仕事は、本当は”bullshit job”なのではないかと問い質してみることは重要なのではないかと思う。 

堀内 勉 多摩大学社会的投資研究所教授・副所長、HONZ

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ほりうち つとむ / Tsutomu Horiuchi

外資系証券を経て大手不動産会社でCFOも務めた人物。自ら資本主義の教養学公開講座を主催するほど経済・ファイナンス分野に明るい一方で、科学や芸術分野にも精通し、読書のストライクゾーンは幅広い。

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