仏像がここまでブームになった源流にある本

いとうせいこうとみうらじゅんが火をつけた

みうらが示すサブカルチャー的な仏像イメージの背後にも、近現代に形成された仏像鑑賞の伝統が、確かにあった。みうらの祖父は、かつて小学校の校長先生をしており、少年時代のみうらは、この教養あふれる祖父に憧れた。そして、祖父の書棚にあった仏像の写真集に魅入られ、また祖父とともに古寺巡りを行うようになる。こうして「仏像少年」として育った彼に、両親は土門拳や入江泰吉の仏像写真集をプレゼントしたという。自分の仏像への愛着に火を付けてくれた祖父のことを、みうらは「大恩人」と称えている。

根底には仏像鑑賞の世界が存在している

つまり、現代の若者にも広く支持されている、みうらの『見仏記』などでのポップな仏像語りも、その根底には、近現代の教養文化としての仏像鑑賞の世界が存在していたわけである。フェノロサや岡倉天心にはじまり、和辻哲郎や土門拳らを経由して、みうらじゅんにまで届く、強固な文化の系譜を、そこに見いだせる。

一方、宗教の観点からも、みうらの仏像とのかかわり方は興味深い。少年時代から仏像を愛した彼は、仏教にも親近し、自ら好んで仏教系の中学校に進学する。いずれは僧侶として出家し、寺院の住職を務め、ひたすら仏教に生きることを願っていたと述懐している。

だが、この将来の夢は挫折する。寺院や仏像が好きな男子は、異性にモテないだろうと気づき、悩み抜いた果てに、仏教から離れていったのである。その後、みうらは美大に進み、絵を描く仕事を中心に行うようになった。ただし、仏像については個人的に趣味を深め、その延長で、いとうと出会い、『見仏記』の出版に至る。

異性にモテるか否かという煩悩のために、みうらという奇才が仏教に背を向けたのは、寺院業界にとっては、おそらく残念なことだったろう。ただ、より広い意味での日本の仏教文化にとっては、プラス面のほうが大きかったように思える。

寺院や僧侶が伝えてきた伝統的な考え方にこだわらない、みうらの『見仏記』での仏像をめぐる表現や、『マイ仏教』(新潮新書)のような著作は、自由な発想で仏教文化に新たな光を当て、そこに新しい可能性を付与している。保守的な僧侶や信徒に疑問視されることもあるようだが、むしろ、そのアイデアの豊かさを好意的に評価する者のほうが多いだろう。現役の僧侶にも、みうらのファンは少なくない。

そして、こうした仏教文化をめぐる表現の自由さは、みうらの先人たちである、和辻哲郎や土門拳らが広げてきた世界でもあった。これらの人物は、いずれも、仏教への特定の信仰を持っていなかった。にもかかわらず、仏像を自らの作品に取り込み、その作品の力によって、私たちの仏像の見方や語り方を豊かにしてきたのである。

次ページ先人たちの作品にはない独自の魅力もある
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