仏像がここまでブームになった源流にある本

いとうせいこうとみうらじゅんが火をつけた

かくして、この100年ぐらいのあいだ共有されてきた、『古寺巡礼』の流儀とはいかなるものか。それは、仏像を信仰の対象ではなく、美術(芸術)作品として愛でるやり方である。

あるいは、宗教的な救済ではなく、教養を得るための手段として、仏像に向き合う態度だ。仏像は、当然のことながら、そもそも拝む対象として製作された。現在、国宝や重要文化財などに指定されている仏像の大半は、もともと仏教に基づく信仰の対象であった。それが、近代に興隆した仏像鑑賞の文脈では、基本的に美術や教養の対象と理解されるのだ。

はるか昔から、人間が黙々と(あるいは念仏などを唱えながら)仏像を拝んできた歴史の長さを思えば、これはかなり異様な事態である。だが、実際、現在の私たちは博物館や美術館を訪れて、仏像を美術品として楽しみ、その経験に基づき教養を深めようとする。平成時代になり仏像ブームが語られるようになったのも、仏像を美術鑑賞する文化が、これまで以上に人気を博したからである。仏像あるいは仏教に対する信仰心が、にわかに復興したからでは、まったくないだろう。

仏像は本来的に宗教や信仰にかかわる存在

とはいえ、それでもなお、仏像は本来的に宗教や信仰にかかわる存在である。当初は美術鑑賞という目的からであったとしても、仏像をずっと見続けていると、人間は宗教的な気分になってくる場合が少なくない。

『見仏記』のいとうも、ときに仏像の前で「煩悩から逃れたいという気持ち」や「楽になりたい、この自分から逃れたい」という思いを強めた。この点は、実は和辻も同様である。『古寺巡礼』のほぼ終盤の部分で、ある仏像の「神聖な美しさ」に対する敬虔な感情が沸き立ち、心のなかで涙があふれたと述べている。こうした、美術や教養と宗教のあいだで揺れ動く、近現代の日本人の複雑な心模様は、非常に興味深いところである。

『見仏記』のもう一人の著者、みうらじゅんに関してはどうか。同書に掲載される彼の絵は、各種の仏像を、自分の好きな怪獣やロックバンド、アイドルや合体ロボットに見立てて解説したものであり、史上かつてなく自由奔放な仏像のイメージを提示している。和辻哲郎のような教養人による高尚な美術鑑賞ではなく、サブカルチャーの一種としての仏像の描き方と言えるだろう。

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