似たような観点で注意すべきなのは、商品の値上げである。同じ商品が今までより高くなると、消費者には損失に似た心理的負担が生じる。理論的には、過去の価格を今の購買判断に影響させないほうがよい。商品価値と値上げ後の新価格とを単純に比べれば、十分である。「以前はより安く買えた」という事実は、サンクコストと同様に、無視すべき情報である。しかし実際には、「値上げ後に買ったら損だ」という心理が、購買行動を阻害する。
これを避ける売り手側の知恵は、単純な値上げを避け、商品・サービスを何かしら改良することである。乗用車を例に取れば、値上げのタイミングは、モデルチェンジによる改良に合わせるのが常道である。認知不協和は、中身が同じで値段が上がる場合に強く表れるが、多少でも商品が改良されていれば緩和される。
値上げ前と知り購買意欲を喚起されてしまう
値上げ後に買うことへの抵抗感は、転じて「駆け込み需要」を喚起することもある。ある金融商品の金利の引き下げ(=値上げ)を前に、購入者の列ができたことがあった。この例ともなると、認知バイアスは損失回避や認知不協和にとどまらず、「希少性」や「社会的証明」(他の人も並んでいるのだから自分の行動は妥当だと考える)まで加わって総動員の様相である。
西洋のことわざに“Throw good money after bad.”というのがある。「過去の損失を取り返そうとして、さらにムダなカネを費やす」という意味で、損失回避心理を戒めている。このようなことわざや、コンコルドの教訓は、人に認知バイアスを回避する努力を促す。だが、認知バイアスは世から消えない。時代や地域を超えて社会にあまねく見られる。
一般に、そのような特性は、進化の過程でわれわれの本能に刻まれたと思われる。そのことを浮き彫りにした興味深いフサオマキザル(Brown capuchin monkey, 学名:Cebus apella)の行動実験があるので、紹介したい。
主役のオマキザルにご登場願う前の準備として、人間についての損失回避バイアスの実験を示しておこう。あちこちに引用されている有名な話なので、ご存じの方はここを読み飛ばして、オマキザルのくだりに進んでいただきたい。
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