総額2兆円?「豊臣埋蔵金」は実在するのか

大坂の陣に消えた「黄金100万枚」の行方

Q4.本当に多田銀銅山に黄金を隠したのですか?

これらの内容が古くからの伝承ではなく、戦後に「降って湧いた話」である点で疑問が残ります。しかも、多田銀銅山は江戸時代から昭和に至るまで採掘が続いていました。その間に、黄金が見つかったという話もないのです。

文書を書き残したとされる幡野三郎光照の「実在も不確か」で、文書の「原本の所在もいまだ明らかでない」ことなどから、信憑性があるレベルとは言えないでしょう。

Q5.では、埋蔵金のエピソードはまったくのデタラメ?

そうとも言い切れないのです。

前述のとおり、豊臣家には莫大な黄金が「滅亡の瞬間」まで存在していたことは確かです。家康がこの豊臣家の莫大な財力を少しでも散財させようとそそのかし、畿内24社寺の「修復」「改築」を勧めたことは有名です。

そのうちのひとつが、京都東山方広寺大仏殿再建工事で、このときに秀頼が寄進した「鐘」に記名された「国家安康」「君臣豊楽」の鐘銘が、「大坂の陣」開戦の契機になったエピソードは有名です。

さらに「大坂の陣」の記録からも、豊臣家に残されていた莫大な黄金をうかがい知ることができます。

秘密兵器?「千枚分銅金」がベールを脱ぐ

Q6.大坂の陣のとき、大坂城にはどれほどの黄金があったのですか?

黄金100万枚相当、もしくはそれ以上あった可能性があります。

大坂冬の陣の開戦を前に、秀頼は大坂界隈から米を「爆買い」し、価格の高騰にも動じることなく、城内に20万石の兵糧を蓄えました。ちなみに、これは大坂城に集まった10万人の将兵がおよそ400日間、つまり1年以上も籠城することが可能となる量です。

Q7.ほかに黄金の使い道は?

牢人たちへの給与に、戦時の蓄えとして金蔵に保管されていた「千枚分銅金」を持ち出しました。これは、1個で黄金1000枚分、重さ約165kgの巨大金塊で、これを急遽、大坂城本丸で板ガム大の「竹流金」という棒状の金貨へと大量改鋳して配ったという記録があります。

一説には、溶かされた分銅金の数は1000個にのぼるとされ、これが事実であれば、開戦時の大坂城にはおよそ100万枚相当、またはそれ以上の黄金が存在したと考えられるのです。

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