川崎F・中村憲剛「黄金の1年」といえる転換点 Jリーグの歴史を動かしてきた「心の声」とは

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ナビスコカップ獲得を逃した13日後、さらなるショックが憲剛を襲う。オシムが脳梗塞で倒れ、病院に搬送されたのである。

ひと月前の10月17日、この年最後の親善試合となるエジプト戦が行われた。4−1で快勝した後、サポーターに挨拶しながら「来年もすげえ楽しみだな」との想いを憲剛は噛みしめていた。「こうやって強くなっていくんだ」という道筋がくっきりと見えたからだった。

ところが、オシムの退任が決まり、憲剛にとっての日本代表の第一幕は、突然すとんと幕が下りてしまうのだ。

「もうオシムさんと一緒にサッカーができないのかって思ったら、ものすごく悲しかった。俺はオシムさんに抜擢してもらったわけだから、俺がダメならオシムさんの見る目が疑われてしまう。オシムさんの期待は裏切れない。それが当時のプライドだったんです」

この時期の自分に声をかけるとしたら――。そう訊ねると、しばらく考え込んでから、憲剛は口を開いた。

「日本代表の自分に対しては『もっと積極的にやれ』っていうことかな。自分のキャリアに劣等感があったから、しゃしゃり出ない方がいいのかなって。誰もそんなこと思ってないのに、勝手にそう思って、気を遣っていたから」

代表でもクラブでも未知のことばかりだった

チームの中心は俊輔、川口能活、中澤佑二らワールドカップ経験者たち。一方、憲剛は年代別の代表にすら選ばれたことがなく、J1でプレーするようになったのも05年からだった。

「上の人に付いて行くという感じだったけど、ボランチなんだから『こうしましょう』と言っても良かった。アジアカップではそうした気後れがチームの足を引っ張ってしまっていたかもしれない」

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一方、クラブでの自分に投げかける言葉は、それとは逆だ。

「『もう少し肩の力を抜けよ』ってことかな。この年、初めてキャプテンマークを巻いたんですよ。だから、いつも先頭に立とうとしていたし、周りもそれを望んでいた。チームの勝敗すべてを背負い込んだ気になっていた。この写真なんて、まさにそう。もう少し周りを頼っても良かったのかもしれない」

視線の先には、準優勝のメダルを首から下げて、うなだれる写真があった。

日本代表でも、クラブでも、未知のことばかりだった。

それゆえ余裕がなかったし、息つく暇もなかったが、だからこそ成長もできた――。

憲剛にとって07年はそんなシーズンだった。

「振り返ればこの年、何も成し遂げられていないんですよね。でも、だから今でも走り続けているのかもしれない。この年がキャリアの中でズシリと重いシーズンだったのは間違いないですね」

すべての初体験は苦い想いとともにある。しかし、このシーズンが末っ子気質だった青年を大人のサッカー選手に成長させたのも、また確かだ。

(文中敬称略)

飯尾 篤史 スポーツライター

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いいお あつし / Atsushi Iio

東京都出身。明治大学卒業後、サッカー専門誌の編集記者を経て2012年からフリーランスに転身、スポーツライターとして活躍中。『Number』『サッカーダイジェスト』『サッカーマガジン』などの各誌に執筆。著書に『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成に岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(ベスト新書)などがある。

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