ゴミ屋敷に商機を見出した男の波乱万丈人生

夜逃げ、起業、倒産…人はそれでも立ち上がる

そんな折、社内が労働組合問題で揉めた。共産党系の労働組合と争いになった揚げ句、暴力行為、名誉毀損で警察に逮捕された。新聞や週刊誌にも載って、会社にはいられなくなった。その後、よその運送屋に回してもらえるという話もあったのだが、それならば自分で起業しようと思い、運送屋を始めた。

「元手は60万円くらいしかなくて、心もとなかったけど、とにかくやるしかなかった。知り合いの運送会社の社長の所に間借りして、電話回線だけを引いて1人で会社を始めた」

実車を持たない貨物運送取扱事業(自社以外の運送事業社の運送機関を使い貨物運送を引き受ける事業)だったため、リスクは少なかった。前の職場で運送屋とはたくさんつながりができていたので、比較的早く軌道に乗り、1年目で売り上げは3億円になった。

「売り上げ3億円といっても、粗利は7%。そこから税金をひかれるから、手元には1000万円程度しか残らない。でも当時の目標だった、サラリーマンのてっぺんの収入は手に入れた」

失敗の始まり

そして3年目に、実運送(実際にトラックを持つ運送業)を始めた。しかしそれが失敗の始まりだった。

北京オリンピックの工事などの影響で、燃料費が急騰した。それまでリッター65~75円だった軽油が、150円にまで値上がりした。

それでもなんとか耐え忍び営業していたが、その後追い打ちをかけるようにリーマンショックがくる。自動車製造業関連の供給が一気に止まり、にっちもさっちもいかなくなった。

「その頃にはトラックを60台以上持つ、そこそこ大きい企業になっていた。行くも地獄、やめるも地獄だった。結局、倒産するしか道がなくなってしまった」

そして2008年に会社をたたんだ翌年、2009年に逃げるように、東京にやってきた。東京の片隅で、ゴミ屋敷清掃の元になる仕事、便利屋、何でも屋、を始めた。

「『仕事を始めた』なんてかっこいいものじゃなかった。元手になるおカネはまるでない。体ひとつ以外に何もないから、便利屋以外に選択肢がなかった」

くる仕事は、何でも受けた。

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