ゴミ屋敷に商機を見出した男の波乱万丈人生

夜逃げ、起業、倒産…人はそれでも立ち上がる

社長は、中学2年になると働き始めた。朝は新聞配達をし、土日は年齢をごまかしてスーパーの社員食堂でアルバイトをした。

すぐにでも社会に出たかったので、義務教育が終わったら料理人になろうと思っていたが、スーパーの店長に、

「きょうび、中卒で修業して料理人になるなんて時代じゃない。老舗料亭だろうが、ホテルのレストランやろうが大卒だよ」

と諭されて、高校には行くことにした。

高校も、2つの仕事を掛け持ちしながら通い、ついでに放課後はバレー部で汗を流した。とにかく貧乏が嫌だったし、いつも体を動かしていたかった。

高校卒業後はスーパーに就職したが…

高校卒業後は、奈良を離れ大阪のスーパーに就職した。そのスーパーは入ってみると、実は反社会的勢力が経営している店だった。スーパー以外にも、怪しげな不動産や金融など、アンダーグラウンドな仕事もしていた。

「そういうダーティーな仕事を間近で見るのはすごく面白かった。目の前で億のカネが動く話をしているのを聞くだけで興奮したよね。スーパーで肉を切る仕事をしていたけど、かたわら借金の切り取り(取り立て)の仕事もまかされていた」

しかし数年後、事件化してしまい、会社は潰れてしまった。佐々木社長は、しばらくアンダーグラウンドの仕事を続けたが、なかなかおカネは貯まらなかった。

「当時は、とにかくどんな手段でもいいからおカネを稼げばいい、と思っていた。アンダーグラウンドの仕事は儲かる時は儲かるけれど、出て行くカネも多い。結果的におカネは貯まらなかった。まさに『悪銭身につかず』だったんだと思う」

その後1993年、佐々木社長はアンダーグラウンドの仕事を辞め奈良に戻り、運送会社に就職した。トラックの運転手をしていたが、場数を踏んでいて度胸があるのを社長から可愛がられ、2年で管理職についた。

「会社の経営をしたい、と腹の底で思っていたのを見抜かれたのかもしれない。サラリーマンはどれだけ頑張っても1000万円がてっぺん。自分で起業すれば、もっと大きく稼げる、もっと稼ぎたい、と常々思っていた」

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