「プロに入ってからも、つらくて逃げたいときもあります。高校や大学で、野球に大して情熱を注げなかった時期もあったので……。今でも打たれたときは毎回、『逃げたい』と思います。個人の成績やチームの成績……いろんなものを背負っている気がして。深く考えすぎるのはよくないんですけど、考えちゃいますよね」
浅尾は自身を現実主義者と分析する。冷静に物事を考えすぎるあまり、少年時代には野球に没頭し切れない部分があった。そんな彼を変えたのは、大学時代に喫した敗戦だ。
先輩の代の試合で登板し、自分が打たれたことでチームは敗れた。当時の浅尾は練習への熱が足りず、敗戦に申し訳ない気持ちになった。先輩の取り組みを見て「これだけ一生懸命やっているのだから、それで打たれたらしょうがない」と思っていた分、自らの甘さを情けなく感じたのだ。以降、浅尾は「こいつで打たれたらしょうがない」と周囲に認めてもらえるように努力を重ね、2006年、大学生・社会人ドラフト3巡目で中日に指名されるまでに成長した。
「失敗を引きずる」のが原動力
以前、当連載で高橋慶彦(元広島、ロッテコーチ)による「自信家より臆病者のほうが成功すると思う」という話を紹介したことがあるが、浅尾も後者の部類だ。
セットアッパーやクローザーを任される浅尾は、僅差でリードをしている試合終盤に登板機会が訪れる。「抑えて当たり前、打たれたら周囲からいろいろ言われます」と話すように、投手として最も過酷なポジションだ。日々のストレスと向き合わなければいけない職務柄、リリーフで打たれた場合、「失敗はすぐに切り替えろ」と言われる。だが、浅尾は「失敗を引きずる」ことを原動力としている。
「よく『日付が変わったら、切り替えろ』と言われますが、日付が変わった時点ではあまり変わりません(笑)。寝て、起きて、球場に行って、次に投げる瞬間まで打たれたことをずっと考えていますね。『次はやってやる』という気持ちに変わるのは、登板直前。すぐに切り替えてやれるタイプもいるでしょうけど、ミスから学ばなかったら意味がない。反省して、同じような失敗を繰り返さないように、ずっと記憶に残している部分はありますね」
昨年、巨人の阿部慎之助の取った行動が話題を呼んだ。ある試合で2点リードの9回裏2死にキャッチャーフライを落としたことで、チームは引き分けに持ち込まれた。翌日、自身のロッカーにエラーの写真を張り付けた。悔しさを刻み込むための阿部の行動を、浅尾は共感できるという。
「抑えたときのピッチングは、あまり覚えていないものなんです。打たれたときの記憶ばかりあるので、阿部さんの気持ちもわかりますね」
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