どうせ死んでしまうが、もっと迷え、悩め! ”戦う哲学者”の人生相談、始めました

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獣や魚がどうなのかは知らない。だが古今東西、老若男女、人が悩み、迷うのは確か。そして自らを苦しめる悩みや迷いから脱すべく、しばしばその答えを他人に求める。ただ、世の中には「人生相談」と称して、単に共感をしているふりをしたものや、ごく普通の叱咤激励をするだけの、無責任なものが溢れている。それは知らず知らず、相談する者、はたまた人生相談の読者が、相手に慰めや励ましを期待しているからにほかならない。
“戦う哲学者”中島義道氏が開く人生相談道場に“同情”はない。ここにあるのは、感受性においてつねにマイノリティーに属してきた中島氏が壮絶な人生経験を通じて得た、ごまかしも容赦もない「ほんとうのこと」のみ。“みんな”の生きている無難な世界とは違う哲学の世界からの助言に、開眼するも、絶望するも、あなた次第である。

中島義道氏への人生相談はこちら

今回、東洋経済新報社の「人生相談」を担当することになりましたが、それぞれの人生はかけがえのないものであって、他人の人生訓は基本的に役立たないと確信している自分がなぜ引き受けたのか、このあたりからお話することにしましょう。

人生相談を始める前に…

私より苦しかった青春、貧しかった青春、さらには絶望的だった青春、死の瀬戸際を歩んだ青春などはあるかもしれませんが、私ほど迷いに迷った青春を過ごした人を(寡聞にして)私は知りません。18歳にしてどうにか東文Ⅰに受かりはしたものの、その興奮が冷めてみると、いったい自分は何をしたいのか、皆目わからなくなりました。

それと同時に、小学生低学年の頃から私を震え上がらせていた「死」の恐怖が、獰猛な動物のように――受験勉強中はうまく手なずけていたのに――再び、私の体内で暴れ始めたのです。

何をしてもどうせ死んでしまうのだ! 

そして、その後は永遠の無なのだ!

だとしたら、どうして生きる意味があろう。

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