貧困の国ドミニカで、野球が持つ大きな意味 大リーガーを続々輩出。ドミニカ流の”雑草”教育

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一方、野球を教育のモチベーションとしているプログラムもある。サンペドロ・デ・マコリスで毎週土曜に開催されている「マニー・アクタ・リーグ」だ。冒頭で紹介した第1回WBCでドミニカ代表を率いたマニーの考案で創設され、少年選手の総人数は300人。月曜は5〜7歳、火曜は8〜10歳、水曜と木曜は11、12歳が午後になるとやって来る。ドミニカ政府から寄付されたグラウンドで、ボランティアスタッフから指導を受けるのだ。

このリーグのディレクターを務めるラモン・ペレスが言う。

「子どもたちは午前中に学校へ行き、午後になるとここで宿題や数学、コンピュータなどの実習を行う。その後に野球だ。学校に行かない子は、ここではプレーできない。リーグが作られた目的は、学校に通うことを支援するためだ。マニー・アクタもよくここにやって来て、子どもたちに野球を教えている」

「マニー・アクタ・リーグ」が所有する4つのグラウンドには「サミー・ソーサ球場」「フリオ・フランコ球場」「ラファエル・バティスタ球場」「リカルド・カイ球場」と地元出身選手の名前がつけられている(撮影:龍フェルケル

ヘッドコーチのフリオ・セサルはマニー・アクタとアマチュア時代のチームメイトで、彼の思想に共感してボランティアで指導している。「子どもたちは勉強も野球も、本当に楽しそうにやっている。彼らが立派な大人になっていくことが、俺のやりがいだ」と言う。

「CSA」のペドロやマニー・アクタ、彼と共にプログラムを行うセサルは野球と深くかかわる過程で、さまざまな人間を見てきた。中には華やかな成功を収めた選手もいるものの、大多数は陽の目を浴びずに去っていく。野球は人生を懸けるに値するが、野球に依存しすぎてはいけない。すべての選手にいつか、引退のときが来るからだ。

野球から生まれる好循環

現在「CSA」でディレクターを務めるペドロはニューヨークの高校を卒業し、カレッジ(大学)を出てからプロ選手になった。独立リーグを最後に現役を引退すると、ニューヨークでスーパーマーケットのビジネスを始めた。英語を話すことができ、十分な教育も受けた彼は、現役引退後も幸せな生活を送っている。

ペドロが言う。

「ドミニカの子どもたちが野球をする理由はいくつかある。ひとつは、情熱を持ち、野球が大好きだから。もうひとつは貧乏から脱出したいからだ。プロとして契約すれば、貧乏生活から抜け出すことができる。でも、才能を持った若手選手がアメリカの球団と契約し、大金を手にしても、教育が不十分だと問題が起きる。そのおカネをどう使えばいいのかわからないんだ。教育を受けていないと、バカげたことに散財してしまう。だから子どもたちが教育を受け、その後にプロ野球選手として契約できるように育てたい。そうしてこそ明るい未来がある」

野球がなければ、現在の自分はない――。かつてプロとして活躍した選手たちはそう感じ、野球への恩を子どもたちを通じて返している。そういった野球の好循環をドミニカでいくつも見ることができた。

野球は少年たちに夢を見させ、教育の機会を呼び込み、かかわる人間の人生を豊かにする。ドミニカの国技である野球には、深い意味がある。

(撮影:龍フェルケル

中島 大輔 スポーツライター

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なかじま だいすけ / Daisuke Nakajima

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックに移籍した中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた「野球消滅」。「中南米野球はなぜ強いのか」(亜紀書房)で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。NewsPicksのスポーツ記事を担当。文春野球で西武の監督代行を務める。

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