西郷隆盛、実は神経質で執念深い男だった

江戸期の全否定が作り上げた元勲の「虚像」

夫人が、うちの主人はこんなお人じゃなかったです、と腰を抜かしたという逸話もある上野の西郷さんだが…!?(写真:カメラ大好き / PIXTA)
「歴史の検証にタブーと例外があってはならない」として、明治維新の実相を明らかにした“3部作”が、好調な売れ行きだ。最新刊『大西郷という虚像』には、最大の元勲である西郷隆盛の実像が描かれている。3部作の著者でクリエーティブプロデューサーの原田伊織氏に、執筆の背景を聞いた。

世の中の「気分」が変わった

──本書は、維新3部作の完結篇ですか。

明治維新という過ち』『官賊と幕臣たち』と書いてきて、どこかでケリをつけなければいけない。完結篇といううたい文句は、半分は版元の思惑。この流れで、私の書き物が全部終えられるかというと、そうはいかない。

──好調な売れ行きです。

おかしい。『明治維新という過ち』の最初の版は4年前に出した。当初はさっぱり売れなかった。世の中の「気分」が変わったのだろう。

──「維新の三傑」の一人とたたえられる西郷隆盛にこれほどの二面性があったのですか。

当然、実像は一つ。世間でいわれているような、鷹揚に構えて口数少なく大将然としているというのは虚像だ。実際は神経質であり粘着性があって執念深い。一度嫌いとなった相手には終生ダメだった。

薩摩には地域単位の郷中(ごじゅう)教育がある。風土に根差した仕組みで人工的に精神構造を作り上げていく。薩摩という風土は熊襲(くまそ)にさかのぼれる。風土性が濃厚だが、薩摩武士の士風は島津藩が成立してからのしつけ・教育で形作られた。江戸中期以降は藩校の造士館を中心に各地での郷中教育を裾野にして培われた。

郷中で武術や学問に励み、そのグループの頭を二才頭(にせがしら)という。頭はどう振る舞わなければいけないか、虚像が身に付く。それが二才頭の必須条件でもあり、長州とは違った人間ができる。西郷ばかりでなく大山巌や東郷平八郎、山本権兵衛もそう。薩摩から大将然とした人物ができ上がる。実際の性格は別だった。

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