山県有朋 愚直な権力者の生涯 伊藤之雄著 ~長い政治生命を維持した不人気指導者の実像を解明

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
山県有朋 愚直な権力者の生涯 伊藤之雄著 ~長い政治生命を維持した不人気指導者の実像を解明

評者 ノンフィクション作家 塩田 潮

 山県有朋元首相は軍制の父、巨大な官僚閥の頭領、元老筆頭の大物政治家だった。だが、83歳で死去した際、国葬の参列者は雨天も影響して1000人にも達しなかった(第14章)。一方、18年後に91歳で他界した西園寺公望元首相の場合は、著者の前作『元老西園寺公望』によれば、冬の寒い日なのに国葬には数万人が参列したという。

山県は不人気指導者の代表格だった。「超保守」「権力欲と権勢欲」「権謀の政治家」「政党敵視」「軍拡の権化」「官僚支配の元祖」など、悪役のイメージがつきまとう。近現代政治史の実証的な研究で評価が高い著者が、同時代の日記や手紙など一級の第一次資料に徹底して当たるといういつもの丹念な手法で実像の解明に挑んだ。

木戸孝允と西郷隆盛の狭間で揺れた青壮年期、旧友の伊藤博文との微妙な関係、後輩の離反と後継育成の失敗、政党政治家・原敬への晩年の信頼と期待など、紆余曲折を通して気弱さ、愚直さ、慎重さという素顔が浮かび上がる。いわば二番手リーダーながら長い政治生命を維持できた秘密はそこにあった。 

思い込みや特定のイデオロギー、歴史観などに依拠した人物評伝を読み慣れた読者には、入念な検証によって山県の80年余の全人生を克明にたどる470ページ超の本書は、読み切るのに骨が折れるかもしれない。だが、悪役イメージのベールが一枚ずつ剥がれていき、奥に潜む等身大の姿が現れる。長編を読み切った読者だけが味わうことができる最大のお楽しみだ。

一点だけ、本書に言及はないが、藩閥体制下で形成された山県系官僚閥が、現代まで脈々と続く中央集権的官僚支配の原型だとすれば、この本が伝える山県系官僚閥の膨張と衰退の歴史は、官僚主導体制変革のヒントになり得るのではと感じた。

いとう・ゆきお
京都大学大学院法学研究科教授。法政理論専攻。1952年福井県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。京都大学博士(文学)。確かな史料に基づいて、明治維新から現代までの政治家の伝記を執筆するのをライフワークとする。

文春新書 1365円 272ページ

Amazonで見る
楽天で見る

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事