京都市民が「長男の京大進学」を喜ばない事情

京大への進学は「合法的な家出のコース」だ

井上:だけど、その宮澤喜一には、実は一点後ろ暗いところがあった。一高(※2)を出ていない。ナンバースクール(※3)を出ていない。そのささやかな傷が、宮澤喜一をますます東大至上主義者に追い込んだのではないかと。教育社会学者の竹内洋が書いていました。

そうするとね、ひょっとしたらという、これ邪推ですよ。梅棹忠夫の、ものすごい京都中心主義、あれも心のどこかにね、引っかかりがあったんじゃあないか。生まれた場所が西陣だというのはともかく、4代目でしかないというのが、影を落としているんじゃないかなと。パリでパリ生まれを自慢する人は、どうなんでしょう。

鹿島 茂(かしま しげる)/フランス文学者。明治大学教授。 専門は19世紀フランス文学。1949年、横浜市生まれ。1973年東京大学仏文科卒業。1978年同大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。現在明治大学国際日本学部教授。『職業別パリ風俗』(白水社)で読売文学賞評論・伝記賞を受賞するなど数多くの受賞歴がある。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設(写真:大沢尚芳)

鹿島:それがね、あまりいないんですよ。不思議なことにね。確かにボードレール(※4)みたいに、パリ生まれであるというのがアイデンティティーになっている人はいるのですが、パリ生まれ自慢という人はあまりいない。なんでだか、よくわからなかったのですが、最近、エマニュエル・トッド(※5)の家族類型を勉強するようになって、1つのヒントを得ました。

トッドは、結婚した息子が親と同居するか別居するかを縦軸に、兄弟が遺産相続で平等であるか否かを横軸にして、家族を4つの類型に分けました。親子が同居して、兄弟が不平等(つまり長男相続)のタイプが「直系家族」。この直系家族は、土地所有や家業と結び付きやすく、親・子・孫と代々、先祖が所有しているものを受け継いでいく。日本ではこれが主流です。対するに、フランスのパリ盆地では、親子が別居で、兄弟が平等の「平等主義核家族」が普通です。これだと、家族や家系よりも個人が最優先され、家族や家系というものはあまり意識に入ってこない。

このトッド分類でいくと、京都って典型的な直系家族の街ですね。親・子・孫と、3代一緒に住んでいる。直系家族というのは、日本では土地所有にこだわる地侍から生まれたので、むしろ関東のほうに多いのですが、その一方で、天皇や公家たちも直系家族です。京都では明治維新で天皇と公家がいなくなり、直系家族が消えたように思えましたが、町人が直系家族化した。土地の代わりに、家業を長子あるいは長姉の婿が相続するようになったんでしょうね。

パリで血筋がいいのは王家だけ

井上:家系を継ぐ養子さんも、非常に多いんですけどね。

鹿島:養子、多いですね。日本的直系家族ね。婿養子や夫婦養子容認の直系家族ですね。これは日本独特で、ほかの国にはあまりない。

一方、パリの平等主義核家族は親子別居が大原則ですから、特にフランス革命(※6)以後、子どもは勝手に職業を選んで、親の職業を継がない。だから、何代までさかのぼれるかというようなことに、ほとんど意識がいかない。

※2 一高
第一高等学校(旧制)。ナンバースクールの1つで、多くの生徒が東京帝国大学へ進学。1949年、新制東京大学の教養学部に統合された。
※3 ナンバースクール
かつて日本にあった旧制高等学校(教育内容は現在の大学教養課程に相当)の中で、数字を冠した学校群のこと。旧制一高から旧制八高までの愛称。政官界に多数の人材を送り込んだ。東京府第一中学校(現在の東京都立日比谷高等学校)など、府立の旧制中学校も、こう呼ばれた。
※4 ボードレール
シャルル・ボードレール。『悪の華』や『パリの憂鬱』などの詩集を世に出したフランスの詩人、評論家。
※5 エマニュエル・トッド
フランスの歴史人口学者、家族人類学者。フランス国立人口統計学研究所(INED)に所属。世界中の家族構成を7つに類型化、分析した『世界の多様性』、世界的なベストセラーになった『帝国以後』など、著書多数。
※6 フランス革命
1789年、パリのバスティーユ牢獄の襲撃を皮切りに勃発した市民革命(ブルジョワ革命)。ブルボン朝の絶対王政を倒し、フランスが新しい近代国家体制を築いていくきっかけになった。
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