京都市民が「長男の京大進学」を喜ばない事情 京大への進学は「合法的な家出のコース」だ

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井上章一(いのうえ しょういち)/ 国際日本文化研究センター教授 1955年、京都府生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。京都大学人文科学研究所助手ののち、現職。専門の建築史・意匠論のほか、日本文化や関西文化論、美人論など、研究範囲は多岐にわたる。1986年『つくられた桂離宮神話』(弘文堂、講談社学術文庫)でサントリー学芸賞、1999年『南蛮幻想』(文藝春秋)で芸術選奨文部大臣賞、2016年『京都ぎらい』(朝日新書)で新書大賞を受賞(写真:大沢尚芳)

井上:うちの研究所に勤める若い人でね、呉座勇一さんという歴史家がいる。『応仁の乱』という本を書いていまして、これが約50万部も売れた。これね、僕自身驚いたんですが、京都のある飲み屋で聞かされた話ですけど、そこへ飲みに来ているおじいさんたちが、「あれ、読んで面白かった」と語り合っていたと。あんまり面白いという種類の本じゃないんですがね。

何が面白いのかというと、「あの本にうちの先祖が出てくる」「ああ、うちの先祖も出てくる」と。「うちの先祖、卑怯なことやってたんやなあ」とかいうような話で盛り上がっていたんですって。

私はこれ聞いてね、京都はそういう街なんだなと。ほんとかどうかわからないけど、そういう自慢話をし合うような街なんだなと思いました。で、どうです? フランス人でね、たまたま出会った人同士が「ナントの勅令(※7)の頃はどうだった」とかいう会話は、ちょっと考えにくいですよね。

系譜や家系にこだわる人はパリにはいない

鹿島:いや、フランス人全体なら、そういう人もいるんですよ。フランスでは系譜学というのがあって、何代もさかのぼって、何々家と何々家の血がつながっているか否かを研究している人もいる。プルーストの『失われた時を求めて』(※8)に出てくる、売春宿の親父でゲイのジュピアンもそれが趣味でね。ホテルのカウンターに座って、系譜学の研究をしているという人物。そういう系譜や家系にこだわる人は、確かにいます。けれど、パリにはあまりいない。

なぜなんだろうと思ってたけれど、それは、パリで血筋がいいのは王家だけだからだと気づきました。王の家臣や貴族というのは、もともと地方の豪族、つまりそれぞれの国の領主なんです。パリにいる王がこれら地方豪族を集めて造った宮廷が、パリの発祥なんです。領主は管理を家来に託して、宮廷に伺候して王様の家臣になった。

貴族というのは直系家族だし、フランスでも南のほうでは民衆も直系家族。ジェネアロジー(家系)をたどるというのは、彼らにとっては、たとえば「細川家はどこそこの殿様で」というような意味になる。つまり、パリの直系家族で威張っていいのは王の一族だけで、それ以外の封建貴族は全員、地方豪族の末裔。パリは参勤交代のような仮寓(仮住まい)にすぎず、ルーツは地方です。王侯貴族でもルーツがパリといえるのは、王家だけ。王家でなければ、ブルジョワジー(※9)以下ということになってしまう。

※7 ナントの勅令
1598年、ブルボン朝初代のフランス王、アンリ4世が、プロテスタントの信仰を条件付きで認めた勅令。これにより、16世紀後半にフランスで起きたカトリックとプロテスタントの宗教戦争(ユグノー戦争)は、一応終結した。
※8 プルーストの『失われた時を求めて』
フランスの小説家、マルセル・プルーストが半生をかけて書いた長編小説。隠喩が多く使われていて、登場人物が数百人にも及ぶ、複雑で重厚なテーマの小説。
※9 ブルジョワジー
特権階層の第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)に対抗する、第三身分として発達した市民階級、中産階級。フランス革命など市民革命の主役となった。現代では主に、資本家階級のこと。
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