“傲慢”なせいで5浪 早稲田蹴ったけどやっぱり進学→諦めきれず国立大医学部を再受験した彼の後悔

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3浪目は予備校を変えようと思い、河合塾の池袋校に通い始めた林さん。しかし、池袋校で一緒にご飯を食べるようになった浪人仲間が、しだいに林さんをひとりだけ省くような冷たい態度を取り始めます。林さんはそれが精神的に苦痛だったこともあり、後期のお金を予備校に払うタイミングで宅浪を決意します。

「今思えば、僕が仲間に対して傲慢なことを言ったのかもしれず、それが鼻についた可能性もあります。結果的にこの年も模試は東北大としか書いてなかったからかもしれませんが、全部E判定。センター試験も横ばいの80%台前半で、東北大の医学部を受けて落ちました」

そしてこの年、再び早稲田大学の理工学部に合格したタイミングで、そちらへの進学を決めます。

「両親や親族から、『もう医学部は諦めなさい』と言われたのを覚えています。どうしても東北大学に行きたかったのですが、諦めて大学に進学しようと思いました」

早稲田大学に進学した林さん(写真:本人提供)
早稲田大学に進学した林さん(写真:本人提供)

点数開示で知った現実

こうして一旦は早稲田大学理工学部に入学したものの、東北大学の点数開示が始まった年ということもあって、母と一緒に新幹線で結果を見に行きます。その結果が、林さんにとっては衝撃だったそうです。

「今は郵送とかメールで、試験で何点獲得したのかを知れますが、当時は東北大まで直接行く必要がありました。母親には『自分はあと数点くらい足りなかったと思うから見に行ってほしい』と言って、ついてきてもらいました。僅差の不合格だと思っていたのですが、いざ結果を知ると、詳しい点数は覚えていませんが、合格点まで50点とか100点とか足りなかったレベルでした。箸にも棒にも引っかからないレベルだったのが、強いショックでした」

大学ですれ違う芝中学校・高等学校時代の同級生が有名な銀行や自動車会社などに内定が決まっている人が多かったこともあってか、「3浪して入った自分が見すぼらしかった」と語る林さんは、大学にはほとんど行かずに警護のアルバイトをしつつも、学費が無料だった代々木ゼミナールに通ってまた受験勉強を始めます。

しかし、勉強時間が足りなかったこともあり、この年もセンター試験は80%台前半。三たび東北大を受けたものの、去年よりも手応えがなく、不合格に終わります。

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