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キャリア・教育 #戦略論としての老子

東大卒などの偏差値エリートは、なぜ知識を増やすほど愚かに見えるのか!古代中国の思想家が説く「バカの壁」に陥る人、乗り越える人!

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  • 原田 勉 神戸大学大学院経営学研究科教授
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一方、老子の文脈では、むしろ逆です。ここでは、「賢者」から「バカ」になること——、つまり、知識を手放して“無知の力”に立ち返ることが求められています。知識がありすぎるがゆえに「勢い」に気づけない。「知っている」ということが、自然や道の流れを遮る壁となってしまうのです。

ですから、「バカの壁」は同じでも、その突破すべき方向がまったく逆だということになります。

養老さんのバカの壁は「バカ→賢者」を阻む壁。老子が示唆する壁は「賢者→バカ」への移行を妨げる壁。どちらも、私たちが自分の“知”に囚われているという点では共通しているのです。

“愚かさ”は深い思考の入り口

ある管理職の女性は、こんなふうに言っていました。

「若い頃は、答えを出すことに価値があると思っていました。でも今は、答えを出さずに待つほうが難しいんだと感じます」

それは、「空白に耐える知性」への進化です。老子の言う「無為自然」は、手を抜くことではありません。それは、力でねじ伏せず、流れに身をゆだねながら、必要なときに最小限の動きで最大の効果を出す——、そういう知恵なのです。

偏差値エリートが老子を読むと、自分がどれほど「答えを持とう」としていたかに気づかされます。そして、答えがないところにこそ、本当の問いがあると知るようになります。

結局、「バカになる」というのは、「何も考えない」ことではありません。それは、「知っている自分をいったん手放す」という行為です。老子は言います。

大智若愚。
(大いなる知は、愚かに見える)

この“愚かさ”とは、実はもっとも自由で、もっとも深い思考の入り口かもしれません。

あなたの知性は、あなたを縛っていないでしょうか? もしそう感じたら、今こそ、『老子』を開いてみてはいかがでしょうか。

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