〈独自〉自衛隊基地用地に目をつけオーナーの日本企業に近づいた中国ファンド。そんな両者の会食に閣僚経験者が同席した理由
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2019年秋。東京・永田町の議員会館の一室。当時、安倍晋三政権の環境相だった原田義昭は、応接スペースで立石建設(東京・世田谷区)会長の立石勲と向き合っていた。
立石は立石建設を起こし、グループ会社で馬毛島の開発会社であるタストン・エアポートのトップも務めていた人物。いわば馬毛島のオーナーのような存在で、島を国有化し自衛隊基地にすることを目指していた日本政府にとっては、手ごわい交渉相手だった。
そんな立石は原田に対し、切羽詰まった様子で、中国のファンドから資金提供を受けることについて許しを請うかのように説明をした。「馬毛島の土地の所有権は自分のところに残します、金を借りるだけです」と。いったい何が起きていたのか――。
原田が立石と最初に接点を持ったのは、この議員会館でのやり取りの1年ほど前だった。
原田によると、立石は、防衛省の事務方との土地売却(買収)交渉ではらちが明かないと判断したのか、つてをたどって原田の元にやってきた。
それから間もない18年10月、原田は安倍政権の環境相に就任している。閣僚としては防衛分野は所管外が、それでも立石との個人的な付き合いは以降も続けた。日本の安全保障上重要な土地のオーナーとの接点を「絶ってはいけない」と考えたからだった。
専門家「中国政府の意向受けた動き」
それから19年夏にかけて立石の資金繰りは急速に悪化していった。この頃、立石から泣きつかれ、幾度もつなぎ資金を用立てていた金融コンサルティング会社の代表によると、19年夏には立石の会社は倒産しかねない窮地に陥っていた。そうしたさなかに立石に接触してきたのが中国のファンド「A社」だったという。
立石がA社トップの「総裁」から受け取ったという名刺を撮影した画像も残っている。A社とはいったいどんなファンドなのか。
中国の政治や安全保障に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の上席研究員、峯村健司によると、A社は中国のファンドの中でも大手で、中国政府との人材の行き来も盛んだという。実質的には中国政府の「財布」のような存在で、「このファンドが馬毛島に近づく動きを見せていたのなら中国政府の意向を受けた動きに間違いない」と峯村はみる。




















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