A社が立石に接触していることを原田が知ったのは19年の夏の終わりごろだった。突然、原田に立石から電話があり「上海に来ていて、中国の企業が金を出してくれると言っています」と伝えられたからだ。「ぞっとした」という原田はこのとき強い口調で「ばかなことはやめろ、絶対に駄目だ」と説得している。
立石勲が2019年夏ごろに上海を訪れていた可能性を示す航空チケットの半券の画像が残っている(写真:関係者提供)
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