"田舎の神童"が学歴至上主義に染まった原体験、「天才と勘違いした私は"学歴狂"になった」、塾でVIP待遇・ヤンキーからも一目置かれる存在に

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中学生
子ども時代に勉強ができたことから田舎の町で「神童」扱いされた筆者。その後はどうなっていくのか? *写真はイメージです(写真:years/PIXTA)
独特の世界観で熱狂的なファンの多い小説家・佐川恭一さんは1985年、滋賀県生まれで、京都大学文学部を卒業。新著となるノンフィクション作品『学歴狂の詩』では「天才」ともてはやされた子ども時代から有名私立高校、京都大学に進んだ自身の歩みを振り返りながら、「学歴」に囚われ、踊らされる人たちの悲喜交々をユーモラスに描いています。
本記事では同書より一部を抜粋、子ども時代のエピソードを紹介します。
【次の記事】東大に現役合格した友人と京大に落ちた私の「決定差」、"学歴狂"の高校時代を振り返る、私は「スーパー学歴タイム」の真っ只中にいた

私が学歴に取り憑かれてしまったワケ

「佐川恭一」という名前を聞いてピンとくる方はよほどの物好きだろうから、簡単に自己紹介しておくと、私は京都大学を出ている。1985年生まれ、滋賀出身で、小説を書くこともある。とりあえずそれだけ知っておいてもらえれば十分である。まずは、私が学歴に取り憑かれてしまった経緯について紹介しておきたい。

京大を卒業している私だが、そもそもは京大などというワードすら出てこない世界(滋賀の田舎町)でハナタレ小僧をやっていただけだった。

父は高卒、母は短大卒。父はかなり貧しい母子家庭で育っており、その流れでうちも貧乏だったのだが、父が会社の仕事でメキメキ頭角を現してだんだんマシになっていった。

父は大卒をブチ抜いて出世していたからか「大学なんて出ても社会では役に立たん」みたいなことをよく言っていた。一方で母は、父が大卒を攻撃するのはコンプレックスの裏返しだと考えていたようで、私に何とか大学は出てほしいと思っていたらしい。

父の実際の心理はわからないが、この母の漠然とした思いのおかげで、私と妹は大学に行くことができた。私の一族で、少なくとも冠婚葬祭で集まる近しい範囲で大学を出ているのは、私と妹だけである。

家がその程度の感覚なので、小学生の時はすでに廃刊された『学習と科学』という学研の雑誌を購読していたのと、あとはそろばん塾に通っていたぐらいで、中学受験なんて考えもしなかった。

家族の誰にもそんな発想はなかったし、私の小学校から私立中学に進んだ人間は一人もいなかったと思う。小学校のテストの点数は良かったが、テストのレベル自体が低いので周りも高得点を取っていた。

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