古代世界で「庶民の生活」が苦しかった意外な理由 発明をもらたす「インセンティブ」という視点
この問いには経済学で答えることができる。人件費が安ければ、労働の効率性の向上に投資するインセンティブは強まらないからだ。
現代の例で見るなら、ヨーロッパの飲食店は、米国の飲食店よりも数十年早く、電子注文システムへの投資を始めた。
理由は単純だ。ヨーロッパでは接客係を雇うのに高い費用がかかったので、それだけ生産性を高めようとするインセンティブが強かったということだ。
同様に、古代のエジプトやローマのイノベーターたちが技術的課題に取り組んだのは、労働の大部分が奴隷によって担われている社会においてだった。
世の中に奴隷が余るほどいる状況では、奴隷階級の生産性を高めようという考えは支配階級の頭に浮かばなかった。
発明だけでは経済的な繁栄は実現しない
古代世界の奴隷制は倫理的に間違っていただけではなく、生産性向上のインセンティブを失わせるものでもあった。
似た問題は古代中国でも起こった。やはり労働者が無尽蔵にいたことから、新しい技術の活用を促すインセンティブが働かなかった。
当時の中国は、絹地の生産でも、銅や鋼鉄の技術でも、文字を書くための紙の利用でも、ヨーロッパのはるかに先を行っていた。方位磁針も前4世紀から前2世紀頃に中国で発明されたものだ。
しかしそれらの発明が経済を当然予想される方向へと変えることはなかった。古代中国では、貴族が支配層を占め、商人や商売は一般に卑しいものと見なされていた。
その結果、金属加工のイノベーションは、実用品ではなく、武器や美術品を中心とするものになった。
方位磁針の発明が中国を海洋大国に押し上げることはなかった。発明だけでは経済的な繁栄は実現しない。発明を生活の変化に結びつける適切な制度がそこには必要だ。
(翻訳:黒輪篤嗣)
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら