こんなことになるなら…未亡人の娘思う母の後悔 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・柏木⑨

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(写真:micromagic/PIXTA)
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 5 』から第36帖「柏木(かしわぎ)」を全10回でお送りする。
48歳の光源氏は、親友の息子である柏木(=督(かん)の君)との密通によって自身の正妻・女三の宮が懐妊したことに思い悩む。一方、密通が光源氏に知れたことを悟った柏木は、罪の意識から病に臥せっていく。一連の出来事は、光源氏の息子で柏木の親友である夕霧(=大将)の運命も翻弄していき……。
「柏木」を最初から読む:「ただ一度の過ち」に心を暗く搔き乱す柏木の末路
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沈む邸への訪問者

一条の邸に住む女二の宮は、なおのこと、会えないまま別れてしまった恨めしさも加わり、日がたつにつれて広い邸の中もだんだんひとけがなくなって、いかにも心細い様子である。それでもかつて督の君が親しく使っていた人々は、今もお見舞いにやってくる。督の君が好んでいた鷹や馬などの世話係の者も、みな寄る辺なく意気消沈して、ひっそりと出入りしているのを目にするにつけ、女二の宮の悲しみは尽きないのだった。督の君が使っていた道具類、いつも弾いていた琵琶や和琴(わごん)の絃も、見る影もなく取り外されて、音を立てないのも、気の滅入るようなわびしさである。庭前(にわさき)の木立が一面に芽吹いて、時を忘れずに咲く花を眺めてはもの悲しく思う。お付きの女房たちもみな鈍色の喪服に身をやつして、さみしく所在なく過ごしている昼頃、先払いのにぎやかな声がして、門の前に車を止める人がいる。「まあ、お亡くなりになった殿がいらしたのかと、ついぼんやりして思ってしまった」と言って泣く者もいる。大将がやってきたのだった。訪問の旨を告げる。いつものように、督の君の弟たち、弁の君や宰相がやってきたのだと女二の宮は思っていたのだが、こちらが気後れするほどの気品に満ちた姿で大将があらわれる。

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