ことさらに口説かずとも好意を仄めかす男の心中 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・柏木⑪

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(写真:micromagic/PIXTA)
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 5 』から第36帖「柏木(かしわぎ)」を全10回でお送りする。
48歳の光源氏は、親友の息子である柏木(=督(かん)の君)との密通によって自身の正妻・女三の宮が懐妊したことに思い悩む。一方、密通が光源氏に知れたことを悟った柏木は、罪の意識から病に臥せっていく。一連の出来事は、光源氏の息子で柏木の親友である夕霧(=大将)の運命も翻弄していき……。
「柏木」を最初から読む:「ただ一度の過ち」に心を暗く搔き乱す柏木の末路
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故人が丹精込めて手入れしていた庭も

あの一条宮(いちじょうのみや)(落葉の宮(おちばのみや))にも、大将はつねにお見舞いの訪問をしている。

四月頃の空は、どことなく心地よさげで、緑一色の四方の木々もきれいに見渡せるが、悲嘆にくれるこの邸では、何ごとにつけてもひっそりと心細く、日々を暮らしかねている。そこへいつものように大将の君がやってきた。白砂を敷いた庭にも青々とした若草が一面に生えはじめ、ここかしこの敷砂が薄くなっている物陰には、我がもの顔に蓬(よもぎ)がはびこっている。故人が丹精込めて手入れしていた庭前(にわさき)も好き放題に茂り、ひと叢(むら)の薄(すすき)も勢いよく伸びて広がっている。虫の音が響く秋の頃を思うと、もの悲しい気持ちになり、大将は涙の露に濡れながら草を踏み分けて進む。喪中を示す伊予簾(いよす)を一面にかけ渡し、鈍色(にびいろ)の几帳の帷(とばり)も夏向きに更衣(ころもが)えして、そこに透けて見える人影がいかにも涼しげである。

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