ことさらに口説かずとも好意を仄めかす男の心中 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・柏木⑪

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うつくしい女童(めのわらわ)の着た、濃い鈍色の汗衫(かざみ)の端や、髪形などがちらちらと見えるのは、風情はある。しかしやはり鈍色は、目にするとはっとするような喪の色ではあるけれど……。

大将は今日は簀子(すのこ)に座っているので、敷物を差し出す。あまりにも粗末な席だからと、女房たちは以前のように御息所(みやすどころ)に応対を促すけれど、御息所は近頃は気分がすぐれずに、ものに寄りかかって休んでいる。女房たちがあれやこれやと場を取り持っているあいだ、大将は庭前の木立の、なんの悩みもなさそうな景色を見て、しみじみと感慨に耽(ふけ)る。柏木と楓(かえで)が、ほかの木々より一段と青々とした色合いで、枝を差し交わしているのを見て、「いったいどんな宿縁があるのか、枝の先がいっしょになっているなんて頼もしいものだ」などと言い、御簾にそっと近づき、

「ことならば馴(な)らしの枝(えだ)にならさなむ葉守(はもり)の神のゆるしありきと
(同じことなら、この枝のように親しくしていただきたい、柏木に宿る神──亡き君が許してくださるとお思いになって)

御簾の外という他人行儀なお扱いがうらめしい」と、大将は下長押(しもなげし)に寄りかかって座っている。

「柏木」の登場人物系図(△は故人)

夫がいないからといって

「優美なお姿がまた、なんともいえずたおやかでいらっしゃる」と女房たちは互いにつつき合っている。大将の相手をしている少将の君という女房に取り次がせて、

「柏木(かしはぎ)に葉守(はもり)の神はまさずとも人ならすべき宿の梢(こずゑ)か
(柏木に宿る神──夫がいないからといって、ほかの人を近づけてもよいこの宿の梢でしょうか)

唐突なお言葉に、お心も浅いように思ってしまいます」との返事がある。大将は、たしかにその通りだと思い、ちいさく苦笑する。

御息所がいざり出てくる気配がするので大将はそっと居住まいを正した。

「つらい世の中を嘆いて沈んでいる日々が続き、そのせいでしょうか、気分がすぐれず、どういうわけかぼんやり過ごしていますが、このようにたびたび重ねてご訪問くださいまして、本当にありがたく思っておりますので、気力を奮い立たせてお目に掛からせていただきます」と、御息所はたしかに苦しそうな様子である。

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