翻って現在。昨年、個人事業主である声優にも多大な影響を与えるインボイス制度が導入されたとき、「廃業に追い込まれる声優が続出する」などと意思表示した有名声優は私が知る限り、「SPY×FAMILY」の甲斐田裕子さんら数人だけだった。多くの同業者たちも、かつては先輩たちが勝ち取った成果の恩恵に浴したはずなのにと思うと、複雑な気持ちになった。
私の愚痴のような語りに、トモヤスさんは「時代ですよね」と笑う。「僕が団体交渉とかに抵抗がないのは、当時の声優の姿をぎりぎり知っているからかもしれません。でも、周囲からは『どうしてユニオンなんかに入るの?』って言われますよ」。
声優としての成功を目指して四半世紀。トモヤスさんは自身の半生をどう振り返るのか。
実力主義が幻想だという残酷な現実
「若いころはうまければ売れると信じていました。でも、実際は時代のトレンドや役との出合い次第だったりします。みんな努力して、苦しんでる。実力主義が幻想だと気づけたことで優しくなれたといいますか……。いろんな事情、状況の人が生きていていいんだと思うようになりました」
トモヤスさんのテノールボイスは若々しく、艶があった。出演作も見たが、声だけで人の心情を表す演技力は第一線で活躍する声優たちと比べても申し分なかった。しかし、それは力があっても売れるわけではないという残酷な現実を証明しているようでもあった。それに年齢やキャリアを考えると、渋い役や老人役を振りづらい高めの声質はもはや武器にはならないのだという。
「夢を諦めても、追いかけ続けてもいい。でもどちらを選んでも“普通”に生きていける社会になればいいなと思います」
非正規春闘では、居酒屋を運営する会社の回答は時給の3%アップだった。しばらくは交渉を続けるつもりだが、妥結すればすべてのスタッフの給料が上がる。分刻みのスケジュールの中で奮闘するトモヤスさんの姿が、仲間のために奔走した往時の声優たちに重なった。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら