また、トモヤスさんにとっては社会保険に加入できないことも長年の懸案だった。非正規労働者への適用拡大が進む中で昨年、IT関連会社のほうでようやく健康保険と厚生年金に加入することができた。しかし、「将来のことを考えたら、もっと早く加入したかったです」。
トモヤスさんの話からは、非正規労働者のセーフティネットの構築が置き去りにされてきたことがよくわかる。トモヤスさんには付き合っている女性がいるが、彼女も派遣社員。2人とも不安定雇用であることが、結婚に踏み切れない理由のひとつだという。
“売り手市場”の実感はない
一方でトモヤスさんは、いずれの職場でも勤続年数は長く、新人の教育係や店長業務を任されることもあったという。この間、声優をやめて正社員の仕事を探すという選択肢はなかったのか。私が尋ねると、トモヤスさんは「僕の年齢だと、正規雇用で働けるまともな会社を見つけるのは難しいです」という。
業界を去っていった知人は大勢いるが、彼らの多くは就職活動に苦戦しているし、ようやく見つけた転職先が悪質企業だった、セクハラに遭ったという話も耳にする。最近は人手不足で“売り手市場”というニュースも聞くが「僕が知る限りそんな実感はないです。転職のリミットは30代前半くらいじゃないでしょうか」。自分はそのタイミングを逸したという自覚がある。ならば「細い道ではありますが、この世界で成功したい」とトモヤスさんは言う。
話はずれるが、今でこそ人気職業のひとつである声優だが、かつては「声優は役者じゃない」などとして業界の中でも一段低くみられた時代もあった。ギャラの面でもタダ同然で使われることも珍しくなかったという。
こうした待遇を改善するために立ち上がったのは、「サザエさん」磯野波平役の永井一郎さんや「ルパン三世」石川五ェ門役の井上真樹夫さん、「ドラえもん」スネ夫役の肝付兼太さん、アラン・ドロンなどの吹き替えを務めた野沢那智さんら、すでに鬼籍に入った数多くのレジェンド声優たちだ。
1970年代、彼ら自身はすでにメインを張る立場だった。しかし、後に続く後輩たちのためにチラシをまき、ビラを貼り、デモを行い、ストライキを打ち、制作会社と直談判を行った。これにより再放送料や二次使用料のルール化や、ギャラの最低水準を定めた「ランク制度」の導入を勝ち取った。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら