92歳「"球界の嫌われ者"の言葉」が圧倒的に響く訳 「何者にも屈しない」姿は、なぜ生まれたのか?
「おい、セカンド送球はどういう気持ちで投げている?」
八重樫はバッティングのことを言われると思ったためちょっと戸惑った。
「絶対刺そうと思ってベースに対してまっすぐ投げています」
「まっすぐ投げるのはいいんだけど、お前はキャッチしてからボールを持つときに腕が必要以上に曲がる。ボールを持った腕のままセカンドに放れ」
広岡は、声のトーンを変えずに言う。バッティングも同じだと言いたかったらしいが、八重樫はそれどころじゃない。
結局、監督室での素振りは、八重樫にとって苦痛でしかなかった。広岡の言いたいことはわかるが、タイミングの取り方は千差万別ある。疑心暗鬼で素振りをやっているため、1時間やそこらで反動つけずにスムースな素振りなどできるはずもなかった。
広岡監督の「厳しさ」が理解されチームに浸透していく
試合が始まった。八重樫は2本のホームランを含む4安打の猛打賞。素振りの効果があったのかどうかはわからないが、試合は前年オフに近鉄から移籍したサウスポーの神部年男が先発し、12対1の完投勝利で見事連敗をストップさせた。
ここから八重樫のスタメン出場が増えていく。ちなみに監督室で言われた通りのスローイングを試してみたができなかった。キャッチしてボールを握ったままの形でスローンイングと言われても……。
しかし、何度も練習するうちにスナップを利かせて投げるコツを覚え、以前よりも盗塁を刺せるようになった。スローイングのアドバイスはしっかり聞いといて良かったと八重樫は思った。
「広岡さんの厳しさは最初面食らってついていけないけど、やがて広岡さんの言っていることがちょこちょこと頭に入ってくるようになると、やっぱり厳しい練習をやんないと伸びていかないんだって肌で感じてくるようになる。だから、どういう立場になっても一生懸命やらなきゃいけないんだというのを広岡さんからずっと教えられている気がする。
とにかく、監督の広岡さんがいないと、チームの練習が始まっていてもみんなチンタラ走っているんですよ。でも広岡さんがポコッと現れると、みんなベテラン連中も変わってキビキビ動き出す。なんていうのかな、広岡帝国の皇帝が顔を見せた途端、民衆の背筋がピョーンとなるような感じですかね」
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