夕顔 人の思いが人を殺(あや)める
だれとも知らぬまま、不思議なほどに愛しすぎたため、
ほかの方の思いが取り憑いたのかもしれません。
ひとけのない御座所に女を連れ出し
車を門の中に入れ、西の対(たい)に御座所(おましどころ)を用意させるあいだ、牛車(ぎっしゃ)の牛を外し、その轅(ながえ)を欄干に引っかけて車を停め、庭で待った。女房の右近は、ひとりはなやいだ気持ちになって、今までの姫君の恋愛についてつい思い出す。管理人が懸命になって世話に走りまわる様子を見て、姫君の元に通うこの男君がだれなのか、右近にははっきりとわかったのである。
ぼんやりほのかに周囲が見える頃、光君は室内に入った。急いで準備した御座所ではあるけれど、こざっぱりと整えられている。
「お供にちゃんとした人も付いていらっしゃらない。不用心なことですな」と言う管理人は、光君と親密な下家司(しもげいし)で、二条院にも出入りしている者だった。「どなたか、お付きするように呼びましょうか」と、右近に取り次がせて尋ねるが、
「わざわざひとけのない隠れ家をさがしたんだよ。おまえの胸におさめて、ぜったいに他言は無用だよ」と、光君にかたく口止めされた。
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