不思議なほどに愛しすぎ、その思いが人を殺める 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・夕顔⑤

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粗末な板塀に白い花がひとつ、笑うように咲いている(写真:yasu /PIXTA)
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
NHK大河ドラマ「光る君へ」で主人公として描かれている紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 1 』から第4帖「夕顔(ゆうがお)」を全10回でお送りする。
17歳になった光源氏は、才色兼備の年上女性​・六条御息所のもとにお忍びで通っている。その道すがら、ふと目にした夕顔咲き乱れる粗末な家と、そこに暮らす謎めいた女。この出会いがやがて悲しい別れを引き起こし……。
「夕顔」を最初から読む:不憫な運命の花「夕顔」が導いた光君の新たな恋路
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夕顔 人の思いが人を殺(あや)める

だれとも知らぬまま、不思議なほどに愛しすぎたため、
 ほかの方の思いが取り憑いたのかもしれません。

 

ひとけのない御座所に女を連れ出し

車を門の中に入れ、西の対(たい)に御座所(おましどころ)を用意させるあいだ、牛車(ぎっしゃ)の牛を外し、その轅(ながえ)を欄干に引っかけて車を停め、庭で待った。女房の右近は、ひとりはなやいだ気持ちになって、今までの姫君の恋愛についてつい思い出す。管理人が懸命になって世話に走りまわる様子を見て、姫君の元に通うこの男君がだれなのか、右近にははっきりとわかったのである。

ぼんやりほのかに周囲が見える頃、光君は室内に入った。急いで準備した御座所ではあるけれど、こざっぱりと整えられている。

「お供にちゃんとした人も付いていらっしゃらない。不用心なことですな」と言う管理人は、光君と親密な下家司(しもげいし)で、二条院にも出入りしている者だった。「どなたか、お付きするように呼びましょうか」と、右近に取り次がせて尋ねるが、

「わざわざひとけのない隠れ家をさがしたんだよ。おまえの胸におさめて、ぜったいに他言は無用だよ」と、光君にかたく口止めされた。

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