夕顔 人の思いが人を殺(あや)める
だれとも知らぬまま、不思議なほどに愛しすぎたため、
ほかの方の思いが取り憑いたのかもしれません。
ようやく女を失った悲しみを感じ
待ちかねた鶏の声がようやく遠くで聞こえる。いったいどんな因縁があってこんな目に遭うのだろうと光君は考え、ふと藤壺(ふじつぼ)を思う。身分をわきまえずに、道に外れた恋心を抱いてしまった報いとして、後にも先にも語りぐさになりそうなおそろしいことが起きたのかもしれない。実際に起きたことは、隠していてもいつか父帝の耳に入るだろうし、世間もおもしろがって噂するだろう。京童(きょうわらわ)と呼ばれるあの口さがない若者たちの口の端にも、弄(もてあそ)ばれるようにのぼるだろう。あげくの果て、大馬鹿者と言い立てられるに違いない。
やっとのことで惟光(これみつ)が到着した。真夜中だろうが早朝だろうが区別なく、こちらの意のままに動く男が、今夜に限ってはそばにおらず、呼び出してもなかなかやってこなかったことを、光君は憎々しく思うが、すぐに呼び入れてことの顚末(てんまつ)を話そうとする。ところが、あまりにもどうしようもできない奇異なできごとで、すぐには言葉も出てこない。右近は、惟光が到着した気配を耳にすると、この男の手引きではじまった一連のことが自然と思い出されて、こらえきれずに泣きはじめた。今まで女を抱きかかえていた光君も、惟光の顔を見て張っていた気が緩み、ようやく女を失った悲しみを感じ、堰(せき)を切ったように涙を流した。
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