「大谷吉継」裏切りに次ぐ裏切りで散る忠義の知将 秀吉が100万石の軍を預けたかった恐るべき才

✎ 1〜 ✎ 47 ✎ 48 ✎ 49 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

関ケ原の戦いで三成とともに徳川家康と戦うことになる吉継ですが、家康との関係はどうだったのでしょうか。じつは吉継は、家康を高く評価していました。上杉征伐についても家康の方針を支持しています。

家康のほうも吉継の能力を買っていたと思われ、少なくとも両者は対立関係にはありませんでした。吉継は上杉征伐に三成を参陣させ、家康との関係を修復する機会にしようと考えます。しかし、その説得のために佐和山城に寄ったところ、逆に三成から挙兵を打ち明けられてしまいます。

NHK大河ドラマ『どうする家康』 忍成修吾 大谷吉継、松本潤 徳川家康
徳川家康は吉継を高く評価していました(画像:NHK大河ドラマ『どうする家康』公式サイト)

吉継、三成とともに挙兵する

ここで吉継は家康との実力差を指摘し挙兵を思いとどまらせようとしますが、三成の考えは揺るがず、ついに吉継は三成に味方することに。

吉継としては、挙兵の意思を聞いてしまった以上、そのことを家康に伝えざるを得ず、上司・部下としてともに働き友情関係もある三成を売ることはできない、と考えたのでしょう。

さらに軍事的才能のある吉継は、この挙兵が完全に失敗するとまでは言い切れないと考えたのかもしれません。ここで吉継は、三成に重要な指摘をしています。

「あなたは知恵においては天下の中でも並ぶ者はいないだろう。ただし、勇気と決断力に欠ける」

この吉継の懸念は、現実のものとなりました。

次ページ決戦までの吉継の行動と三成の誤算
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事