責任者が「穴をあける」育休取得した男性の正念場 こうして「ハイブリッド育休」を実現させた

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しかし大変さの一方で、「もう一度やり直せるとしても、かならず育休を取りたい」と語るほど、この100日間は吉田さん自身にとって豊かな時間になったという。

それは言葉を換えれば、吉田さんにとって、家族との関係性を深めるかけがえのない時間だった。

(写真:筆者撮影)

「あれほど家族と向き合う時間は、それまでの人生でありませんでした。困難に一緒に向き合っていくことで、奥さんとの信頼関係がすごく深まったのが1つ。さらに、生まれたばかりの長男の面倒を奥さんがみるあいだ、長女と一緒に過ごす時間が増えて、恋人みたいに仲の良い関係になったんですよ(笑)。今でもあのとき娘と行った公園に行くと、幸せな記憶がよみがえってきます」

アメリカの研究者D・E・スーパーは、個人のキャリアを、「人生の各場面においてその人が果たすさまざまな役割の組み合わせ」と捉え、「ライフキャリアレインボー」というキャリア理論を提唱した。私たちのキャリアは虹のように、「労働者」「家庭人」「市民」「余暇人」といった役割の組み合わせによって構成され、その割合は人生の時期によって変化していく、というものだ。

吉田さんにとって育休の期間は、「労働者」が大きな割合を占めていた段階から、「家庭人」の割合が増えていくきっかけになったのだろう。実際、この期間を通じて吉田さんの家事・育児のスキルは格段にアップしたという。

育休を支援することで、組織も強くなる

男性の育休取得率が上がらない理由として、社内で育休を取りづらい雰囲気があることがあげられる。吉田さんが勤める会社はメンバーの人生を応援する文化が浸透しているそうだが、そんな会社であっても「育休を取るのは勇気がいったし、ほかのメンバーも不安はあった」という。

しかし、育休を取得し終わって吉田さんが感じたのは、「自らが育休を取ったことで、組織が強くなった」ということだった。

「業務の引き継ぎについては、あえて僕が退職するくらいの状態を想定して行いました。つまり、育休をきっかけに僕がいなくても事業が運営できるような体制をつくっていった。その結果、実際にちゃんとまわったんです。そのプロセスを通して、組織のみんなが経験とスキル、そして『吉田がいなくてもまわせるんだ』っていう自信がついたと思うし、経営側にも『重要なポジションにある人間が育休を取っても大丈夫なんだな』ということを証明できたと思っています」

育休は、組織にとって必ずしもネガティブなことなのではなく、むしろ個人の育休を後押しすることで組織やチームが強くなることがある──。と、言い切ってしまうのは理想論かもしれない。

ただ、かつては人事担当者として採用や組織づくりに関わってきた吉田さんは、育休取得者が復帰した後、さらに活躍する姿を見てきたそうだ。

「育休取得者は、コントロールできない家事・育児をやってきた経験があるからか、段取り力や難しい問題を責任持って解決する能力、あとは部下の育成やマネジメントのような『誰かの人生を背負う力』を発揮している方が多かったように思うんです」

現在執行役員として経営に関わる立場である吉田さんは、「経営側も育休に対するスタンスが問われている時代になってきてるのでは」と語る。

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