「50歳を過ぎてからは、飛び込み営業で銀座、京橋の一流ギャラリーや画廊にアポなし訪問しました。通い詰めて、質の良い美術作品をたくさん見せていただき、安く売ってもらうお願いをひたすらやっていました。
そうしているうちに本物と贋作を見抜く美術品鑑定士としての経験値がどんどん上がっていったんです。そういう美術品収集を続けているなかで、『北京カウンシル』という中国最大のオークション会社に中国渡来の古くて価値ある本物の掛け軸を次々に引っ張る腕を買われて、日本法人の代表者になってほしいとヘッドハンティングを受けました」
仕事をする中で心のしこりに気づく
こうして、2012年から2019年まで日本法人の社長を務め、現在は独立したというジミーさん。いろいろ遠回りをして、50を過ぎたところでやっと長く続けられる天職を見つけました。しかし、ようやく仕事が安定した段階で、彼の中に大きな心のしこりが残っていることに気づくのです。それが大学受験の勉強から逃げたということでした。
「3回目の離婚をした妻との間にできた子どもが慶應に通っていることがわかったんです。元妻から話を聞いてみると、彼は大学に入ってからTOEICで960点を取り、ディベートの大学選手権で優勝をして、弁護士を目指していました。刺激を受けたのと同時に、重度のアルコール依存症に陥りもはや英語のアルファベットすら満足に書けない自分に茫然自失し『子どもが頑張っているのに私は何をしているんだ』と自分を情けなく思ったんです。
また当時、仕事面でも大きな壁を感じていました。歴史的にも価値の高い金額の大きい美術作品を売ってもらうには、古文や漢文、歴史などの教養を持っている博学な美術品コレクター相手との商談を成立させる必要があり、深い教養を土台にして美術作品に向き合わないとアートの世界では生き残れないということを痛切に感じていました。この2つの理由から、自分自身をリセットし、ふたたび頑張りたいという気持ちが強くなって、2016年からもう一度勉強を始めて、センター試験を受けるようになったのです」
こうして2016年から、仕事をしながら会社に泊まり込みで勉強をするようになったジミーさんは、2017年度にセンター試験を受験します。
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