スピーチやあいさつ、さらにはグローバルな場でのコミュニケーションで重要なのはこの「描写的な表現」だ。“Show, don't tell!”(言うのではなく、描写しなさい)。こちらの英語教育では、教師たちは、文章を書こうとする子どもたちに、この言葉を口を酸っぱくして教え込む。つまり、聞いている人の頭の中で、まるでその情景がそのまま浮かび上がるように、絵を描くように話しなさい、ということだ。
聞き手が理解しているかをテストする方法
日本人は、以心伝心で多くを語らなくてもなんとなく伝わる、という文化ゆえか、こうした描写表現はあまり口語的には使われない印象がある。かわって、「まあ、ひとつよろしく」とか「頑張って」といったような、曖昧模糊(もこ)とした「社交辞令」がばっこしている。これらの言葉は、英語に訳しにくいだけでなく、何より聞き手の心に具体的なイメージがあまり残らない。
特に、日本の入社式のスピーチはこうした「社交辞令」のオンパレードといってもいいだろう。大抵が、現在の景気や社会情勢の分析に始まり、そのあとは、「挑戦」「創造」「努力」「前進」などといった抽象的な言葉が続く。本当にあくびが出るほど退屈なのだ。こうした言葉だけを聞いて、具体的に、自分がどういった行動をすべきかをすぐに思い浮かべられる人がいたら、即、幹部候補生だろう。筆者であれば、きっと、右から左だ。
話し手が、聞き手に自分の話を理解してもらっているかどうかをテストする方法がある。話し終わった後に、聞き手に絵を描いてもらうのだ。話の中で、何かひとつでも印象に残ったこと、心に刺さったこと、自分の行動をこういうふうに変えてみようと思ったことなどが、ビビッドに1枚の絵として描けるほど、聞き手の心に残っていれば、コミュニケーションとして成功した、と言えるだろう。
筆者はこれまで、数多くの経営者や企業幹部のコミュニケーションのトレーニングを手掛けてきたが、その中に、やり手のカリスマ社長がいた。メディアでもよく話題になる「時代のトップランナー」的な存在だ。
毎月1回、その時々のスピーチテーマをブレインストーミングしながら、内容を練り上げ、練習を繰り返した。社員集会やメディア向けの会見、経済団体でのあいさつなどテーマはさまざまだったが、ある時、入社式のスピーチをリハーサルすることになった。
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