アリストテレスとプラトンは一体何が違ったのか 両極端な2つの人間のあり方を体現している

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ただし、政治手法を学校で学ぶことは不可能でも、実践のなかでその才を磨くことはできる。地に足の着いたアリストテレスは、様々な状況で経験を積むことで、判断力、時機(カイロス)を見極める力を磨き、慎重に行動することは可能だとしている。ここでいう慎重さというのは、危険に怯えることではなく、万が一を想定する用心深さを指す。

矛盾するようだが、アリストテレスは、『政治学』のなかで「実践的な知性」を体現する例として、政治家以外の職業をあげている。彼は自分の父や祖父のような医者、そして船長を実践的知性の例として挙げているのだ。

医療にしろ航海にしろ、科学とは言わないまでも経験知は必要になる。どんな可能性があるかを考え、カイロスの直感をもつことが大事だからだ。鎧を着ていてもその隙間を攻撃されることはあるのだから、万が一の事態を考えておく必要がある。

特に医療の現場ではカイロス、つまり時間的な判断が本当の意味で重要になる。投薬や手術のタイミングが早すぎても遅すぎても、効果は得られない。船長もまた船員たちの忍耐力、船の性能を知り、様々な状況の海を経験しなくてはならない。船員も船体もできるかぎり危険にさらすことなく、目的の港に着けるよう最善策を練るのが船長の役目だ。

知識だけでなくやはり才覚が必要

だが、知識だけでは足りない。やはり才覚が必要なのだ。実際、予想外の事態は起こりうる。アリストテレスは、プラトンと異なり、こうした突発事項の発生を無視できない。ちょっと考えただけでも、まず気象条件が航海を左右することが想像できる。数時間前まで無風だったところから、あっという間に風力4を過ぎ、風力9まで変化する夏の嵐、メルテム〔エーゲ海に吹く北からの季節風〕の到来を予測するのは不可能だ。

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では、どうしたらいいのか。正解はない。正解を教えられるなら、知識を得たり、政治学校で学んだりすることにも意味があるだろう。だが、危機のなかにあっては、新しいことに挑戦し、行動することが必要になる。原則を当てはめるだけでは答えが得られない状況で、判断を迫られるのだ。

アリストテレスが気象の変化、とりわけギリシャの空を襲うメルテムの脅威にこだわっていたのは、それなりに理由があってのことだろう。イデアの天界だけではない「空」の別の姿を示し、プラトンに異を唱えたかったのではないだろうか。

シャルル・ペパン 哲学者

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Charles Pepin

1973年、パリ郊外のサン・クロー生まれ。パリ政治学院、HEC(高等商業学校)卒業。哲学の教鞭をとる一方、教科書、参考書のほか、エッセイや小説を多数執筆。映画館で哲学教室を開いたり、テレビやラジオ、映画に出演している。邦訳に『幸せな自信の育て方 フランスの高校生が熱狂する「自分を好きになる」授業』『考える人とおめでたい人はどちらが幸せか 世の中をより良く生きるための哲学入門』『賢者の惑星 世界の哲学者百科』がある。

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