アリストテレスとプラトンは一体何が違ったのか 両極端な2つの人間のあり方を体現している

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こうして感覚や観察、実験の価値を再評価したアリストテレスはただの経験論者ではない。彼は、様々な分野を横断的に見る知識の類型学(これも新たな学問だ)を打ち立てようとしたのである。

現実主義者・アリストテレス

アリストテレスは純粋な理論による学問(主に数学)と行動に結びつく実践分野(物理、政治、倫理など)、さらに創造に結びつくポイエティークな分野(芸術や工芸)を区別する。この3分野は等しい価値をもち、互いに独立し、それぞれに利点、特性、まとまりがあるというのがアリストテレスの説明である。一方、プラトンは、どんな分野であれすべての人間の営みの真理を解明するのは数学であるとしていた。

こうして、アリストテレスは独自の学校を造らざるをえなくなった。アテネのすぐ外、森のなか(動植物を観察するには好立地だ)に造った「リュケイオン」である。当然、プラトンのアカデミアとはライバル関係になる。

プラトンのアカデミアでは入口に「数学を学ばぬ者入るべからず」とあったが、アリストテレスなら何と刻んだだろうか。「複雑さを愛さぬ者入るなかれ」だろうか。「プラトン派お断わり」とでも書きたかったのではないだろうか。

空を見上げるプラトンと地を観察するアリストテレスという対比は、第二の相違点、「そうでないこともありえたこと」つまり、偶発性についての考え方の違いにつながる。

出会いや社会生活、政治的立場など、私たち人間の生活は偶発性に支配されている。春に生まれたこと、ある人物と出会い、恋に落ちたこと、大嫌いな候補者が大統領選挙に勝利したこと。すべては偶発的なことであり、「そうでないこともありえた」。つまり、私たちは必然の世界で生きているわけではない。

プラトンは偶発性を否定し、すべては必然であるとする(天のイデアは絶対であるから、「そうでないことはありえない」)。アリストテレスはこの偶発性を行動に結びつけ、逃げずに受け入れることを説く。そして、うまく立ち向かうための助言も惜しまない(『エウデモス倫理学』『ニコマコス倫理学』に登場する「倫理」哲学は、「実践」哲学でもある)。

プラトンには「よりよく生きる」ための方法について具体的な助言はないが、アリストテレスは違う。少なくとも彼の著作の一部(実践的分野)は偶然に左右される世の中でどのように生きていけばいいのかを示すガイドブックのようなものである。

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