冷酷な書きぶりだが、大久保は江藤の裁判を傍聴したときにも「江藤の陳述は曖昧で笑止千万である」と記している。江藤が戦場から逃亡した時点で、大久保は容赦なく、首謀者の島とともにこき下ろしている。
「江藤は申すまでもなく、島義勇ら主だった者は逃げ去った」
そうあきれながら、大久保は「実に一人の男子もいないではないか!」と喝破した。江藤からすれば、これ以上の犠牲者と罪人を出さないために解放宣言を行い、再起を図るための脱出だったに違いない。
大久保利通の西郷隆盛への信頼度は揺らがなかった
だが、戦地でも堂々と振る舞った大久保の目には、「江藤は仲間をたきつけておきながら、負けそうになったら、みんなを捨てて逃げた奴」と映ったのだろう。残された兵たちには大久保は同情し、「扇動された愚かな民衆には憐憫せざるをえない」と述べている。

また、江藤を激しく非難した大久保の頭には、西郷の存在もあったに違いない。黒田清隆への書簡で、「江藤が西郷を頼ったのに相手にされなかった」と報告している。きっと嬉しかったのだろう。
その以前から、下野した西郷に反乱への動きがまるで見られないことを、大久保はつねに情報でキャッチしていた。
やはり西郷はほかの不満分子とは違う――。西郷を慕う者たちのことを警戒しつつも、西郷自身への信頼度は、大久保のなかで揺らがなかった。
そんな西郷とは対照的に、不用意に担ぎ上げられたうえに、自分だけ逃げだした江藤には、どうしても厳しくならざるをえなかったのだろう。江藤も大久保と同様に、国家の行く末を真剣に考えて、実行に移せる稀有な人材には違いないのだが……。
「ただ天を治める神と、地を支配する神が、私の心を知るのみだ」
江藤は処刑される前に三度そう繰り返すと、41年の激動の生涯に幕を閉じた。思惑通りに政敵を抹殺した大久保は、すでに並行してビッグプロジェクトに着手していた。台湾への出兵である。
(第44回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵”であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
鈴木鶴子『江藤新平と明治維新』(朝日新聞社)
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